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第14回 シアトルのコーヒー屋の考察

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筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

シアトル市内には9,300軒以上のコーヒー屋があると言われている。シアトルの人口が約60万人として、市民60人に対しコーヒー屋1軒の割合だ。これほどたくさんあるコーヒー屋も、路上の屋台やスーパーマーケット内のスタンド店等を別にして、店のレイアウトという見方で分類してみると、単純に3つのグループに分けることができる。最も人気のあるタイプはサービス・カウンターとダイニング・エリアが一つの空間にある「大広間形式」だろう。もう一つはお客さんがメインの大広間以外のスペースでコーヒーを楽しめる「複数空間形式」だ。3つ目は「個別空間形式」と呼ばれるものかも知れない。これは基本的には大広間形式なのだが、その大広間を細かく分けてお客さんにプライバシーの高い空間を提供するタイプだ。また、内装仕上げという見方で見比べてみると、床、壁、天井仕上げ、家具、椅子、備え付け造作(カウンター等)、照明器具、看板等のデザイン次第で、いくらでも異なる雰囲気を作りだせるため、同じようなレイアウトでも何種類にもグループ化することができる。

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写真1:Caffee Fiore @
5405 Leary Avenue NW, Seattle

1.大広間形式事例 – Caffe Fiore

バラードにあるこの Caffe Fiore は、店の端から端まで一瞬にして見渡せる典型的な大広間形式靴箱空間のコーヒー屋だ(写真1) 。この店の特徴は、1920年代のオリジナルの古い木製床材と入口扉、むきだしのレンガ仕上げの壁、大きな木製のダブルハング窓。また、備えつけの造作物は、アールヌーヴォー風の錆鉄板仕上げ、レトロ調のガラス製の照明器具、古典調の木製装飾など。バラードにいながらヨーロッパの歴史的なカフェに来たような錯覚を起こさせてくれる。

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写真2:Stumptown Coffee @ 1115 12th Ave. Seattle

2.複数空間形式事例 – Stumptown Coffee

キャピトル・ヒルにある Stumptown Coffee は、サービス・カウンターとラウンジが地上階、ロースターとコーヒーを飲むスペースが隣り合わせにある地下階を持つ複数空間形式だ。ここも Caffee Fiore と同様、1920年代の古い建物を再利用しているが、内装がどちらかと言うとコンテンポラリということが大きな違いかもしれない。16フィート以上ある高い天井に、新しいアルミニウムの大きな開口部のある内部は常に明るく、開放感がある。家具類はどちらかと言えばモダンだが、再生木材を内装仕上げに活用することで、新しさと古さが適度に混合している。地下のロースター横のスペースは地上階と全く異なる空間で、お客に違う体験をするチョイスを与えているだけでなく、開放的な地上階とは違った穴倉的な心地よさを提供している。 (写真2)。

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写真3:Roy Street Coffee and Tea @ 700 Broadway East, Seattle

3.個別空間形式事例 – Roy Street Coffee and Tea

キャピトル・ヒルにある Roy Street Coffee and Tea は、実はスターバックスのコンセプト店なのだが、個別空間形式の成功例として紹介したい。基本的には一つの階にサービス・ステーション、お手洗い、ダイニング・ルームが並ぶレイアウトだが、壁のテクスチャ、照明の配置、間仕切り扉、カーテン、家具の配置等によって、あたかも5つの異なる空間が隣り合わせているようなデザインになっている。新しいコンドミニアムのビルの地上階にありながら、あたかも長い間そこにあったコーヒー屋のように思わせる秘密は、意図的に粗雑に張り合わせた再生木材の壁仕上げ、古い映画から飛び出してきたようなレトロ風の鉄製照明器具、古い館を思わせるビロード地のカーテン、1930年代を思わせる壁に掛けられた大きな油絵、古いホテルのロビーにあるような巨大なソファ等だろう。(写真3)

これらの3軒のコーヒー屋に共通して感じられることは、利用客が店内に入った瞬間、ある種の時代ワープをすることだろう。言い換えると、利用客が単にコーヒーを飲むという行動だけでなく、現在から離脱して違う時代、時間を彷徨う場所を提供しているということかもしれない。そのような付加価値をつけることがコーヒー屋としての成功の一つの条件になっているようだ。

(2011年11月)

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