タイトルを読んで「なぜ?」と思われた方も多いのではないでしょうか。
米国公正労働基準法(FLSA)を読むと、残業手当は単純に「基本給の1.5倍」と理解されることが少なくありません。この理解自体は間違っていませんが、法的に正確な表現とは言えないのです。なぜなら、FLSAが求める残業手当は、基本給ではなく「通常賃金(Regular Rate)」を基準に計算されるからです。
通常賃金とは?
「通常賃金」は、単なる時給や基本給ではなく、労働の対価として支払われる様々な報酬を含めて算出されます。具体的には、ボーナスやインセンティブなども一定の条件を満たす場合には通常賃金に含まれます。そのため、追加報酬が発生した週については、残業手当の計算レートが変わる可能性があります。
さらに注意すべき点として、FLSAでは残業手当は「週単位」で計算されます。例えば、皆勤手当のように、通常賃金に含まれる性質のボーナスを月単位で支給している場合、すでに支払った残業手当を再計算する必要が生じるケースもあり、給与計算が複雑になることがあります。
通常賃金と、それに含まれる報酬
FLSAでは、週40時間を超えて労働した場合、雇用主は通常賃金(Regular Rate)の少なくとも1.5倍の残業手当を支払う義務があります(カリフォルニア州など一部州では別ルール)。
ここでいう通常賃金とは、単なる時間給ではなく、労働の対価として支払われる報酬を基礎に算出される単価を指します。一方で、支払うかどうかを会社が自由に決められる「裁量的ボーナス(Discretionary Bonus)」は、通常賃金から除外することが可能です。
一般的に、企業が支払っているボーナスが通常賃金に含まれるかどうかは、以下のように整理されます。
通常賃金の計算例
次のようなケースを例として考えてみます。
時給:$20
労働時間:45時間
週で支払われるボーナス:$100
この場合、まず週の総報酬を計算します。
時給報酬:$20 × 45時間 = $900
ボーナス:$100
総報酬:$1,000
通常賃金(Regular Rate)は$1,000 ÷ 45時間= $22.22となります。
このため残業手当は$22.22 を基準に1.5倍を計算する必要があり、通常賃金に含まれるボーナスがある場合、残業手当の基準レート自体が変わることになります。
残業代の基本レート計算に関する訴訟例
この問題を理解するうえで参考になるのが、2020年に第5巡回控訴裁判所が判断した Edwards v. 4JLJ, L.L.C. という事件です。
このケースでは、同一企業が支給していた2種類のボーナスについて、通常賃金に含めるべきかどうかが争われました。
一つは作業工程の進捗に応じて支払われる「ステージボーナス」でした。実質的には出来高払いに近い制度でしたが、雇用契約や公式文書に明確な支払い義務が示されておらず、また、常に同じ条件で支払われていたことを示す証拠も十分ではありませんでした。裁判所はこの点を重視し、会社には最終的な裁量が残されていたとして、このボーナスを通常賃金に含める必要はないと判断しました。
一方、もう一つのパフォーマンスボーナスについては結論が異なりました。こちらは雇用契約に具体的な計算式が明記されており、条件を満たせば自動的に支払われる仕組みでした。会社に支給を拒む余地はありません。その結果、裁判所はこの報酬を「非裁量的ボーナス」と認定し、通常賃金に含めて残業手当を再計算する必要があると判断しました。
つまり、同じ企業の制度であっても、「会社の裁量がどの程度残されているか」という点が、判断を分ける重要な要素となったのです。
DOL(労働省)による監査事例
この問題は訴訟だけの話ではありません。
2019年、米国労働省(U.S. Department of Labor)は、インディアナ州に拠点を置く Best One Tire Group に対して監査を行い、その結果、ボーナスやコミッションを通常賃金に含めずに残業代を計算していた点が問題とされました。
最終的に同社は、1,056名の従業員に対し、未払い賃金と同額の損害賠償を含め、総額約102万ドルの支払いを命じられています。
プロフィットシェアリングの位置づけ
利益分配型の制度については、一定の条件を満たす正式な Profit-sharing Plan であれば、通常賃金(Regular Rate)の計算から除外することが認められています。
ただし、名称が利益分配であっても、実態として事前に確定した報酬に近い場合には評価が変わる可能性があります。ここでも重要になるのは、報酬がどの程度「約束されたもの」なのかという点です。
ボーナス制度設計のポイント
ボーナス制度は、企業にとって非常に有効なインセンティブ制度です。しかし同時に、賃金計算に影響を与える可能性のある要素でもあります。
制度の趣旨がどれほど合理的であっても、法的に「約束された報酬」と評価されれば、通常賃金への算入が必要になります。Non-exempt 従業員を雇用している企業にとって、自社のボーナス制度がどの位置づけにあるのかを理解しておくことは不可欠です。
残業手当の問題は、対象人数や期間によって金額が大きく膨らむ可能性があります。そのため、後から修正することは決して容易ではありません。制度の設計や運用がどのように評価され得るのかを事前に把握しておくことは、重要なリスク管理の一つと言えるでしょう。
総合人事商社クレオコンサルティング
経営・人事コンサルタント 永岡卓さん
2004年、オハイオ州シンシナティで創業。北米での人事に関わる情報をお伝えします。企業の人事コンサルティング、人材派遣、人材教育、通訳・翻訳、北米進出企業のサポートに関しては、直接ご相談ください。
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