ビールの香りや苦味、風味を決定づけるホップ──この重要な原料の約4分の3が、実はワシントン州で栽培されています。
アメリカ農務省(USDA)の 2024 年度「National Hop Report」によると、全米のホップ生産量は8,707万ポンドで、うちワシントン州は6,413万ポンドを占めています。これは全米の約74%にあたり、ワシントン州が名実ともに全米最大のホップの産地であることがわかります。
なかでも、州南部に広がるヤキマ・バレー(Yakima Valley) は、火山性の肥沃な土壌、カスケード山脈の雪解け水、乾燥気候と長い日照時間といった自然条件が揃う “ホップの理想郷” として知られています。
この記事では、クラフトビールとホップの関係、ヤキマ・バレーの魅力と歴史、さらには 2025 年の収穫見通しも含めてご紹介します。
ホップが作る、クラフトビールの個性
©︎Jason Hummel Photography
ホップはアサ科(Cannabinaceae)の多年生つる植物で、ビール醸造に使われるのは栽培ホップ(Humulus lupulus)の雌株の花(毬花)です。ホップは、味や香り、苦味、泡立ち、保存性に影響を与えるため、ビール造りに欠かせません。
ワシントン州では、Citra、Mosaic、Simcoe、Cascade、Zeus(CTZ)などの人気品種が広く栽培されています。特にCitraはトロピカルフルーツや柑橘の香りが特徴で、IPAを中心とするクラフトビールの定番となっています。
これらのホップは、主に州南部のヤキマ・バレー(Yakima Valley)で収穫され、全米や世界中のブルワリーへ出荷されています。
ヤキマ・バレー:ホップの理想郷
ワシントン州南部に位置するヤキマ・バレーは、ホップ栽培に理想的な自然条件が揃っています。火山性の肥沃な土壌、カスケード山脈の雪解け水、乾燥した気候、そして長い日照時間が、香り高いホップを育てます。
Yakima Valley Tourism や American Hop Museum によると、ワシントン州のホップ栽培の歴史は1868年、ニューヨーク州出身の農夫チャールズ・カーペンターが、父親の農場からホップの根株を取り寄せて植えたのが始まりです。
その後、1876年には商業出荷が可能となり、ヤキマ郡はワシントン州随一のホップの産地として発展。1920年代から1940年代にかけては、禁酒法や大恐慌、ホップの過剰生産などの影響で栽培が打撃を受けましたが、ヤキマ・バレーの農家たちは機敏に対応。種なしホップへの切り替えと品質改善により信頼を回復し、1939年には世界への輸出が始まりました。
©︎Jason Hummel Photography
その後の技術革新も、ホップ生産量の拡大を後押ししました。1940年代には手摘みから機械式の収穫機への移行が進み、固定式の収穫・乾燥設備の導入によって効率が大幅に向上。1963年には、ヤキマ・バレーだけでアメリカ全体のホップ生産量の50%を占め、1970年にはその割合が70%にまで達しました。
2024 年度「National Hop Report」によると、全米のホップ生産量は8,707万ポンドで、うちワシントン州は6,413万ポンドを占めています。これは全米の約74%にあたり、ワシントン州が名実ともに全米最大のホップの産地であることがわかります。
フレッシュホップビールという地元の贅沢
©︎Rachael Jones
8月下旬から9月にかけて、ヤキマ・バレーではホップの収穫が行われます。収穫直後のホップを乾燥させずに使う「フレッシュホップ(Fresh Hop)ビール」は特別な一杯。生ホップ由来のジューシーで青々しい香りが特徴で、醸造から提供までのスピードが鍵となります。
有名ブルワリーのフレッシュホップビール
Fremont Brewing(シアトル)
シーズン定番の『Field to Ferment』『Cowiche Canyon Fresh Hop Ale』『Head Full of Fresh Hops』などを今年も発売。ワシントン州のホップ農家と連携した代表的シリーズ。
Stoup Brewing(シアトル)
今年は『Fresh Hop Mosaic IPA』『Fresh Hop Citra IPA』をリリース。バラードのタップルームでは限定バッチの飲み比べも可能。
Reuben’s Brews(バラード/シアトル)
ホップの表現力で定評のあるブルワリー。今年の『Fresh Hop Hazealicious』はヤキマ産Citraを使用。フルーティーでジューシーな仕上がり。
Chainline Brewing Company(カークランド)
イーストサイドの人気ブルワリー。今年は『Fresh Hop Polaris IPA』を数量限定でリリース。ベルビューやレドモンドのタップでも提供予定。
2025年のホップ収穫見通し
現時点(2025年10月)では、USDAによる最終的な2025年生産量は未発表ですが、春時点の予備報告(Preliminary Hop Acreage Report 2025)によると、次のような傾向です。
- 収穫準備面積(Strung for Harvest)は、前年(44,793エーカー)から横ばい〜やや減少傾向。
- 主要産地ワシントン州では、生産効率の高いホップ農家が残り、作付面積はやや縮小傾向。
- 水資源管理と気温上昇への対応が課題として指摘されており、Yakima Chief Hopsは「2025年作は順調だが、持続的な収量確保には慎重姿勢が必要」と発表。
また、USDA在庫報告(Hop Stocks Report:2025年9月18日発表)によれば、2025年9月1日時点で、生産者・販売業者・醸造所が保有するホップ在庫総量は1億1,600万ポンドとなり、2024年9月1日時点の在庫(1億3,600万ポンド)から15%減少しています。このうち、生産者および販売業者が保有する在庫は9,500万ポンド、醸造所が保有する在庫は2,100万ポンドです。
このデータは、ホップ需給の最新動向を示す重要な指標であり、2024年から続く生産調整・在庫削減の傾向が、2025年のホップ市場でも継続していることを示唆しています。
まとめ
ワシントン州は、今もなおアメリカのホップ生産の中心地です。2024年には全米生産量の約74%を占め、2025年もその地位は揺るぎません。ただし、気候変動や水不足、世界的なクラフトビール需要の調整を背景に、ホップ農家とブルワリーは「量より質」への転換を進めています。
英語メモ:とれたてのホップは “fresh hop”、または “wet hop” と呼ばれます。”What do you have on tap?” (生ビールは何がありますか?)の “tap” とは、樽など大きな容器からビールを注ぐ場合の蛇口を意味しています。