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映画ロケ地めぐり『99年の愛 ~Japanese Americans~』|シアトルに渡った日系移民家族の愛と歴史

©︎Rudy Willingham

戦後日本のテレビドラマ史を代表する脚本家・橋田壽賀子氏が手掛けた『99年の愛 ~Japanese Americans~』は、「戦争と平和」「家族の絆」をテーマに、シアトルを中心にアメリカへ渡った日系移民家族の歴史を丁寧に描いた作品です。1885年から1924年にかけて、日本からは多くの移民がアメリカへ渡り、農場労働、缶詰工場、鉄道建設、飲食店やホテル経営などに従事し、排日運動や法的規制に直面しながらも、勤勉に働いて生き抜いてきました。しかし、やがて日米間の戦争により、さらなる困難と試練が訪れます。本作は、そうした日系アメリカ人の歴史とシアトルを舞台とした物語を背景に、人間の誇りや愛、世代を超えた家族のつながりを力強く描いています。

  • ジャンル:ドラマ
  • 放送年:2010年(TBS開局60周年・終戦65周年記念作品)
  • 脚本:橋田壽賀子
  • 監督:福澤克雄
  • 出演:草彅剛、仲間由紀恵、松山ケンイチ、中井貴一、泉ピン子、イモトアヤコ、大泉洋、小林稔侍、八千草薫、上条恒彦、岸惠子 ほか
  • 公式サイトTBS公式サイト
  • 受賞歴:2011年『国際ドラマフェスティバル in TOKYO』単発ドラマ部門グランプリ受賞

あらすじ

2010年8月。シアトル・マリナーズで活躍するイチロー選手の試合を観に、孫と息子の妻とシアトルを訪れたさち(岸惠子)は、生き別れとなっていた次兄・次郎(上条恒彦)と長兄・一郎の妻しのぶ(八千草薫)に70年ぶりに再会する。11歳の時に家族に捨てられたと思いこみ、長年アメリカを避けてきたさちだったが、この再会を機に、アメリカに残った家族がどのように生きてきたのか、そして自分がどんな思いで日本で生き抜いてきたのかを互いに語り合い始める。

2人の父親である長吉(草彅剛)が19歳でアメリカへ渡ったのは、99年前のこと。島根県の貧しい農家の次男として家計を支えるための決断だった。知り合いを頼ってシアトルで仕事を探し始めるが、排日運動の影響を受け、季節労働者として農場を転々としながら暮らすことに。やがて、写真花嫁として渡米してきたとも(イモトアヤコ)と結婚する。

時は流れ、長吉(中井貴一)ととも(泉ピン子)は4人の子宝に恵まれるが、長男・一郎(草彅剛)がシアトル大学に入学する頃になっても排日運動は相変わらず続いていた。日米関係が悪化の一途をたどっていることから、長吉は長女しづ(寺島咲)と次女さち(川島海荷)を日本の親戚の元へ避難させるが、それから3ヶ月後の1941年12月に日本軍がハワイのオアフ島にある真珠湾の米軍基地を攻撃し、日本とアメリカが戦争に突入してしまう。そして、長吉は日系コミュニティの主要人物の一人だったことから危険人物として検挙されてしまい、残された家族もカリフォルニア州のマンザナー強制収容所へ入所させられてしまうのだった。

主なロケ地(シアトルと周辺)

スミスタワー
©︎Rachael Jones

スミス・タワー(Smith Tower)

1914年に完成したビルで、当時はシアトルを象徴する建築として知られていました。ドラマでも頻繁に映し出され、時代背景を印象づけています。

セーフコ・フィールド(現 T-Mobile Park)

まだ SAFECO FIELD という名称だった頃の T Mobile Park

第1夜冒頭で、さちが孫と野球観戦に訪れる場面が登場。シアトル・マリナーズで活躍していたイチロー選手の試合シーンが実際に映し出されています。

パイオニア・スクエア/インターナショナル・ディストリクト

1906年に完成したキングストリートステーション長距離鉄道アムトラック発着駅
©︎Rachael Jones

シアトルでの撮影は主にこの周辺で行われました。かつて多くの日系移民が暮らした地域で、日系人コミュニティの歴史を反映する重要な舞台です。

その他の撮影地

パルースの丘陵地帯
Photo by Dave Hoefler on Unsplash

まとめ

シアトルの日系アメリカ人の歴史継承に取り組む非営利団体『Densho』が構想段階から協力し、戦後日本のテレビドラマ史を代表する脚本家・橋田壽賀子氏が脚本を手掛けた『99年の愛 ~Japanese Americans~』。制作においては、テレビドラマ 『華麗なる一族』(2007)や映画 『私は貝になりたい』(2008)を手がけたプロデューサー・瀬戸口克陽と監督・福澤克雄がタッグを組みました。TBS 開局60周年と終戦65年を記念して2010年秋に5夜連続で放送され、翌年の『国際ドラマフェスティバル in TOKYO』 で作品賞単発ドラマ部門でグランプリを受賞。これを記念し、同年末には8時間のディレクターズカット版が2夜連続で放送されています。

長吉が渡米するのは1912年ですが、実際、日本では1885年から1924年にかけて多くの日本人がアメリカに渡り、長吉のように農場で働いた人もいれば、缶詰工場での勤務や鉄道建設に携わった人もいました。過酷な労働条件や排日労働という当時の社会と、イチロー選手を応援する声が球場に響く現代を対比させる演出に、日系移民たちの乗り越えてきた苦労と築き上げてきた信頼関係に対する敬意が込められています。

現在シアトル地域で日系アメリカ人・日本人コミュニティが築かれている背景に、先人たちの体験と努力があることを実感させる作品です。

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