9月に入り、我が家の高校生も新学年を迎えました。アメリカの高校は大学と同じ単位制で、必修科目はあるものの、生徒それぞれが個別に時間割を組みます。担任という存在もなく、生徒は自分の時間割に沿って校内を移動し、州の試験結果次第で大学レベルの授業を受けて(年度末の試験結果次第で)大学の単位を取得できるなど、日本で30数年前に高校生だった私自身の経験とはまったく異なる高校生活です。
子どもを見ていると、当時の自分がいかに幼かったかを実感することも多いです。私は高校1年生、16歳のときに留学を決意して両親に相談し、準備を進めました。そして、高校2年生の後半、17歳から1年間オーストラリアへ留学しましたが、日本でもオーストラリアでも、なぜこのクラスを取るのか、それをどういうことにつなげたいのか、深く考えていませんでした。
でも、そんな留学時代に出会い、今も付き合いが続いているスウェーデン人の友人がいます。お互いが帰国してからもあちこちで再会し(彼女が私の実家に1ヶ月ホームステイしたこともありました)、気づけば30年以上になります。今ではそれぞれの家族と一緒に会える間柄で、今年の夏は家族でストックホルムに住む彼女のもとを訪れ、みんなでゆっくり過ごしました。話せばオーストラリア時代に戻ることもあれば、今の育児や仕事、これからのことに話が及ぶこともあります。全然違う国で暮らしていて、彼女はバケーションでもアクティブ派、私はバケーションは美味しいものを食べて歴史散策とかしてゆっくりしたい派といった違いはありますが、話題が尽きないって不思議です。
読書好きという共通点もある彼女に、今年読んだ小説で良かったものを聞かれたとき、すぐに頭に浮かんだのが、アメリカ人作家アレン・リーヴァイのデビュー小説『Theo of Golden』でした。アメリカ南部の架空の街ゴールデンにふらりと現れた老いた男性が、さりげない親切を積み重ねていき、そこに住む人々の間に温かい気持ちがさざなみのように広がっていく物語です。作中には残酷で冷酷な人々も描かれますが、不思議なことに、読後に残ったのは人の心の温かさでした。
スウェーデンの美しい街並みや過ごしやすい気候も満喫しましたが、何より良かったのは、友人とその家族がたくさんの時間を一緒に過ごしてくれたことです。彼女がふと口にした「日本ではタクミの家族がとても良くしてくれた」という一言に、『Theo of Golden』の中の、あの静かに広がっていく温かさのようなものを感じました。
