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シアトルで育む「一生モノの日本語」。子どものアイデンティティを支える継承日本語教育  遊学舎・中島晴世さん

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シアトルで日本語幼児教育から高校生のクラスまで展開する『遊学舎』(ゆうがくしゃ)。創立14年を迎えた今、2歳半の幼児から高校の12年生まで幅広い世代が通っています。

創設者の中島晴世さんは、大学でインド諸語を専攻し、大学院では異文化コミュニケーションを研究、その後、日本語補習校で10年間教鞭を取りました。そこで強く感じたのが「日本と同じ前提の教育では、現地で育つ子どもたちに合わない場合が多い」という現実でした。中島さんが考える「言葉と心の発達」の深いつながりについてお話を伺いました。

「価値観は一つではない」原点となった体験

今から30年以上も前、大学生の頃にバックパッカーとしてチベット奥地やインド、ネパールまで何度も旅をしたことがあります。今から思うと結構過酷な旅でしたが、世界のどこに行っても、古い伝統的な暮らしが色濃く残る時代でした。五体投地をしながらチベットの聖地ラサを目指す人がいるような場所を歩きながら「自分の当たり前」がガラガラっと崩れる体験をしました。

その体験から得たのが「価値観は一つではない」という感覚です。

この視点が、現在の教育観の土台になっています。私の子どもも含め、英語圏に住み、英語で育つ子どもたち、特に永住のご家庭や国際結婚のご家庭にとって適切な日本語教育とは何か、その問いから遊学舎は始まりました。

一貫した理念として遊学舎が特に力を入れているのは、「楽しくなければ身につかない」という考え方です。ここでいう楽しさは、単なる娯楽ではなく、知的好奇心が刺激され、自分の成長を実感できる「楽しさ」を指します。言葉を覚えさせるというよりも、日本語を使うことが楽しい、居心地がいいと感じられる環境づくりを重視しています。

5歳までに築く「言葉の土台」

キッズタイム保育園

2〜3歳までの「ぴよぴよ親子クラス」では、石井式漢字教育を取り入れ、漢字を文字ではなく「絵」として視覚的に捉えます。日常生活で漢字を使わず、目にする機会がないこちらの子どもたちでも、難しい漢字ほどわかりやすく、あっという間に読み取れるようになります。この時期の目的は、親子で日本語の音、リズム、イントネーションを楽しみ、漢字に親しむ心を育てることです。

5歳前後から学校や社会の影響で英語が一気に優位になり、日本語は「抜けていく言葉」になります。5歳までに日本語の「量」と「質」を確保しておくことが、その後の日本語の継承を左右します。そのため、遊学舎では2歳半〜5歳の「キッズタイム保育園」に特に力を入れ、日本の行事や工作などを通して日本の心に触れる体験を大切にしています。

この時期は、言語の習得が子どもの感情や考え方と深く結びつく大切な時期です。言葉は単なる道具ではなく、喜怒哀楽の表現や他人との関わり方、そして自分の考えや気持ちを整理する力の基礎にもなります。

そのため、5歳頃までに日本語で自分の気持ちを受け止め、言葉にして表現する経験を積んだ子どもは、自然に内面を言葉で表す力が育ちます。こうした体験を年齢が上がってから取り戻すのは、とても難しいのです。

また、5歳を過ぎると日本語は「勉強」となり、親子ともに負担が大きくなります。日本語は「後から増やす」より、「先に体験として染み込ませる」方が自然で効果的です。

2年かけて1学年分を学ぶ。12年生まで通い続ける理由

校庭で遊ぶ土曜日クラスの小学生たち

遊学舎では、小学生の間は日本の教科書を「2年で1学年分」のペースで学んでいます。教科書には、子どもたちの日常にはない文化や言葉の言い回しなどが多く使われており、理解を伴わない速いペースの学習は負担になりかねません。

また、自分でしっかり日本語学習へのモチベーションを持っている年齢ではないので、親子の衝突になりがちです。遊学舎では、まず基礎をしっかり固めた上で、学年が上がるにつれて、お子さんの様子や目標に合わせて教材をカスタマイズする方法をとっています。

「日本と同じペースで進めなければ」と焦る保護者の方も少なくありません。でも、宿題や授業に追いつくことが目的になってしまうと、日本語が定着する前に学習効果が空回りしてしまうケースも見受けられます。 

はっきりとした統計データがあるわけではありませんが、シアトルで生まれ育つお子さんの場合、小学校低学年はゆっくりと「言葉の土台」を積み上げていった方が、成長と共に日本語が自分のものになり、結果的に長く続き、日本語力も伸びる傾向を実感しています。

これは、お子さん自身が「日本語ができるようになった」という達成感や自己肯定感を伴って学んでいるからだと思います。

そういう子どもたちは、高校生になって、大学受験や現地校の勉強、スポーツやボランティア活動で多忙な中でも「日本語を続けたい」という自分の意志を持ってオンラインクラスを続けています。彼らを見ていると、アメリカ人としても日本人としても、しっかりとしたアイデンティティが育ち、二つの視点から物事を見る力が自然に身についているのを感じます。 

遊学舎は創立14年目を迎えました。ここ数年、12年生(高校の最終学年)まで通い、卒業する生徒さんが出てきています。今学年度も12年生が5名在籍しており、全員が3〜4歳から遊学舎に通っている生徒さんです。

このお子さんたちは、ゆっくりとしたペースで「言葉の土台」をしっかり固めることで、中学・高校になってから着実に力を伸ばし、APJapaneseで5を取得したり、日本語能力試験のN1やN2に挑戦したり、高校や大学への日本留学を希望するなど、十分な日本語力を身につけています。

このように、遊学舎では、赤ちゃんへの言葉がけから高校生の自己表現まで、年齢に応じた「言葉と心の発達」を一貫して支えることを大切にしています。言語は単なるスキルではなく、そのお子さんの思考や人格とともに育つものだからです。

AI時代だからこそ求められる「非認知能力」と文化の氷山

今の時代、スマホやAIによって、あっという間に答えが出てきます。しかし、それでは自分でちょっと待って考えて、情報のないところから組み立てて考える力がなくなってきてしまう。そこで重要になるのが、社会性や主体性、粘り強さといった「非認知能力」です。知識そのものより、どう考えるか、どう向き合うかという力こそ、これからの時代に求められていると感じます。

私は、その非認知能力を育てるためには、「目に見えないものに目を向ける力」が欠かせないと考えています。そこでよくお話しするのが「氷山」のたとえです。目に見えている言葉や服装は、氷山の一角に過ぎません。その下には、価値観や風習、宗教といった膨大な文化の土台があります。特に言葉は文化を映し出す鏡のようなものです。背景にある文化や価値観を理解してこそ、初めてその言葉は自分のものになります。

そうした考えから、土曜日クラスの「わくわくプロジェクト(探求型学習)」では、「目に見えないけれど学んでいる」という部分を大切にしています。例えば「お米」というプロジェクトでは、日本の小学生が田植えに挑戦している動画を見たり、稲穂に直接触れたり、お米を使ったいろいろな食材や料理を話し合ったり、「おにぎり」の握り方を練習して食べたりといった体験をセットにします。そんなふうに言葉を「文化の氷山」として与えることで、その体験は大人になっても忘れない、自然に身についた「自分の言葉」になっていくと思います。

子どもを「枠」に当てはめないこと

子どもの育ち方、家庭環境、言語の伸び方は一人ひとり違います。一つの評価基準、一つの「正解」というフィルターにかけてしまうと、本来その子が持っている才能を見逃してしまう。

日本以外の国で育つ子どもたちにとって、日本語は努力しないと失われやすい言語です。でもだからこそ、プレッシャーや義務として与えるのではなく、その子の人生のどこかに、温度のある日本語として残ってほしい。遊学舎では、「日本語ができる・できない」で測らず、評価の基準や引き出しを何通りも持ち、その子に合った形で成長を支えることを大切にしています。

日本の教育技術と「温故知新」の精神

TOSS
毎年アメリカ視察に来られる TOSS の先生方と
中島先生は日本一時帰国の際に TOSS のセミナーに参加したりオンライン交流を通して授業技術を学んだりすることで
授業技術を常に研鑽するようにしてい流と話してくれました

「受け継がれてきた本質を深く学び、そこから新しい実践を生み出す」を理念として大切にしていることから、日本の教育機関「TOSS(Teachers Organization of Skills Sharing)」の先生方とも交流を続けています。

TOSSは「すべての子どもに価値ある教育を」をめざす教育研究団体です。「どの子も大切にされなければならない。一人の例外もなく」を合言葉に、子どもたちの心に届く発問や指示の工夫など、まさに職人技のような教育技術が磨かれています。

そんな技術を、こちらで育つ子どもたちの環境に合わせて取り入れています。教育の根幹にあるものは、国や時代が違っても変わらないと信じているからです。

次の世代へ、日本語を繋ぐ「循環」の場でありたい

シアトルの前市長ブルースハレル氏の母親は日系アメリカ人で第二次世界大戦中にアメリカ政府による強制収容された世代
母親から日本語を話してはいけないと言われて育ったハレル氏が遊学舎を視察した際
遊学舎の子供達には誇りを持って日本語を継承して欲しいと述べたのをきっかけに
遊学舎では日本語が継承語ではない子ども向けの日本語クラスにもさらに力を入れるようになりました

遊学舎は教育機関であると同時に、保護者の声が届き、教師の熱意と子供達の思いが循環する日本語サステナブル(持続可能)なコミュニティでもありたいと願っています。完成された教育技術は存在しません。常に評価や修正を重ねていきます。

また、不透明な時代だからこそ、より多様な関わり方ができる場を広げること。長く続けられなくてもいい。一旦離れたとしても、また日本語と出会い直せる機会が増えればいいですね。家庭での関わりをサポートしたり、日本語が継承語ではないお子さん向けの Japanese Class など、柔軟な形を常に模索しています。

遊学舎は、ずっと通い続ける場所であると同時に、必要なときに戻ってこられる場所でもありたい。言葉を通じて、文化と人をつなぐハブのような存在であり続けます。そしてそれがアメリカの多様性や明るい未来にもつながったらいいなと思っています。

聞き手:オオノタクミ

遊学舎(Yugakusha)
5031 University Way NE, Room #201, Seattle, WA 98105
公式サイト:yugakusha.org
石井式漢字教育:www.ishiishiki.com

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