シアトルを拠点に活動するプロの太鼓奏者、立石鈴太郎(たていし・りんたろう)さんと、パートナーであり Japan Creative Arts 代表として活動全般を統括するあさこさん。 お二人は太鼓ユニット『CHIKIRI(ちきり)』としての演奏活動を続ける傍ら、太鼓の学校「The School of TAIKO」を主宰し、後進の育成にも情熱を注いでいます。
そんなお二人が今、これまでのキャリアで初めての挑戦に臨んでいます。シアトル最大のバレエ団パシフィック・ノースウェスト・バレエ(PNB)による世界初演作品『Momotaro(桃太郎)』での、音楽制作と出演です。
音楽を「描く」—— 鬼ヶ島の情景を音へ
太鼓ユニットCHIKIRIちきり
鈴太郎さんが今回制作したのは、物語の後半からラストにかけて使用される3つのシーンのための楽曲です。その作曲プロセスは、Canvaなどのアプリを使用して視覚イメージを整理していくというもの。
「赤黒い背景に黒い岩、そこから溶岩が吹き出している……」といった具体的な絵を想像し、そこにある「ドリンク・バーで鬼たちが騒いでいる」ようなシーンを言葉にして、リズムへと変換していったそうです。
かつて演奏していたフロリダのディズニーワールド(エプコット)の日本館では、決められた枠内でのエンターテインメント性が求められましたが、今回はダンサーの動きを引き立てる「舞台の一部」としての音作り。バレエという規律の中に、自分たちの太鼓を組み込むことに大きなやりがいを感じたといいます。
また、プロの和太鼓集団・鬼太鼓座(おんでこざ)の一員だった時に「鬼」というテーマを研究した経験も、今回の表現に厚みを加えています。特に鬼ヶ島のシーンでは、不安定なリズムを用いることで「人間ではない存在」の不気味さと高揚感を表現。さらに、本来のバレエにはない「掛け声」も提案しました。これが採用されれば、PNBスクールのダンサーたちも一緒に声を出し、村人や鬼として舞台を作ることになります。
ステージでは、PNBスクールのダンサーたちの背後で、「The School of TAIKO」の生徒たち(14歳〜20歳)、鈴太郎さんとあさこさんが共に生演奏します。
「今回、このようなアートとして参加できることの嬉しさもありますが、この演奏への参加を決めて、手にマメを作りながら稽古に励んでくれている若者たちのこれからを考えると、大きな喜びを感じます」
偶然の出会いから始まったコラボレーション
今回のコラボレーションは、演出・振付を手掛けるジェシカ・ラング氏が、PNBスタッフから紹介された「The School of TAIKO」の公式サイトを目にしたことから始まりました。若手のパフォーマーのための音楽制作者を探していたラング氏は「直接連絡を取り、数回のオンラインミーティングを経て、”これこそが求めていたものだ” と確信した」と話してくれました。
鈴太郎さんは、今回の制作を「壁を一つ越える経験」だと捉えています。アメリカでは太鼓が「日本の文化紹介」として扱われることが多く、かつてシンフォニーと共演した際も「文化枠」としての参加という感覚が強かったそう。しかし今回は「アート」として対等に組み込まれており、大きな一歩を感じているといいます。
シアトルから世界へ、世代を超えて楽しむ舞台
この作品のクリエイティブを支えるのは、神奈川県出身の瀬河寛司氏。名門アルヴィン・エイリー・ダンスシアターで世界的に活躍し、現在は振付家・指導者として活動しています。
舞台は英語のナレーションと共に進行し、伝統的な物語を知らない層にも伝わりやすい構成。会場は2,000人を収容するマッコー・ホールです。PNBは地域の子どもたちにとっても憧れの存在であり、日本人の生徒も学んでいます。
「このバレエは、鬼を成敗して終わりではなく、最後は鬼も反省し、一緒に踊ってお祝いをする。まるでディズニー映画のような、誰もが仲間になれる結末です。この作品をきっかけに、海外でも太鼓がアートとして他の芸術団体とコラボレーションする機会がさらに増えていけば」
伝統の枠を超え、シアトルのバレエ団と共に創り上げる新しい『Momotaro』。マッコー・ホールでの公演に期待が高まります。
