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「紙1枚さえあれば、無限の表情を生み出せる」 舞台芸術から自分だけの表現へ 切り絵作家・阿部加奈子さん

Circular wooden frame with a white bear inside a blue-green leafy wreath and a small red bird at the bottom left edge.

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進路やキャリアの選択で「想像と違う」「自分の強みとは何か」と思い悩んだ経験はありませんか。海外留学や渡米、新しい環境への挑戦は大きな期待にワクワクする一方で、実際の現場に立って初めて、思い描いていた理想と現実の狭間で葛藤し立ち止まることは誰にでも起こりえます。そこから次のステップを踏み出すのか、踏み出すのであればどのように?そこで今回は、サンフランシスコで舞台衣装制作に携わった後、日本の伝統工芸にインスパイアされ、切り絵作家としての道を切り拓いた阿部加奈子さんにお話を伺いました。

外の世界への憧れと、独学で学んだ英語

私は栃木県那須高原ののどかな町で育ち、祖父も母も手先が器用だった影響もあってか、幼い頃から絵を描くことや何かを作ることが大好きでした。同時に外の世界へ強い興味もあって、言語を学ぶ楽しさに目覚め、独学で英語やスペイン語、ロシア語やギリシャ語の参考書をめくるような子どもだったの です。

英語力を伸ばしたきっかけは、とにかく音楽を聴いて歌い込むことでした。周りに誰もいない田んぼ道を自転車で走りながら、聴こえてくる音と自分の発声のズレがなくなるまで何度も歌いました。高校では英語クラブの部長を務め、文化祭で英語劇を企画して演じる楽しさも知りました。

日本の美術大学に進学する道もありましたが、独学で磨いた英語を生かしたい思いと、広い世界へ飛び出したい気持ちが上回りました。高校卒業後は東京にある留学生支援の語学学校へ1年間通い、カリフォルニア州の単位を取得しながら渡米の準備をしました。

コンコードでのカルチャーショックとサンフランシスコへの引っ越し

そして、2004年6月、20歳で渡米。最初に行ったのは、カリフォルニア州コンコードにあるコミュニティ・カレッジのサマープログラムです。

でも、残念ながら、多様性があまりなく、アジア人に対する風当たりが非常に強い閉鎖的な地域でした。キャンパスを歩いているだけで蔑視的な言葉を投げかけられたり、中指を立てられたりすることが日常茶飯事だったのです。

せっかく来たのにとがっかりしかけましたが、車で1時間ほど離れたサンフランシスコの街を知り、印象が一変しました。当時のサンフランシスコにはヒッピー文化の面影が残り、ミュージシャン、役者、アーティスト、ダンサー、バーテンダーなど多種多様なバックグラウンドを持つ人たちと出会うことができて、多様な価値観を共有できる環境が、心から心地よく感じられたのです。そして、サンフランシスコ州立大学へ進学し、この街へ移り住むことを決めました。

舞台芸術の世界と、制作現場で直面した大きな壁

大学では表現手法を探す中で映画も試しましたが、最終的に手作業で空間を作り上げる舞台芸術専攻に落ち着きました。幼い頃、母に連れられて観た劇団四季などのミュージカルで味わった高揚感や、劇場全体の一体感が強烈に記憶にあったからです。

舞台芸術学科では演技や脚本、照明、大道具、小道具、衣装制作まで、舞台を支えるあらゆる工程を学びました。重い照明機材を抱えて高い脚立に登る作業は「落ちたら最後」という怖さもありましたが、安全な舞台を作るためにチーム全員がお互いの仕事を理解し、尊重し合う大切さを知りました。

そのうち、手先の器用さを生かせる衣装や小道具の制作に集中しようと、大学卒業後は小さな劇場や友人が立ち上げたシアターカンパニーで衣装・小道具デザイナーとして働き始めました。でも、現場での活動が本格化するにつれて、少しずつ心境の変化が生まれました。

舞台衣装は、観客席からの距離を計算して作られます。細かい作り込みよりも、客席から映えること、型紙作成者や縫製スタッフを指揮する管理能力が強く求められたのです。

「作業部屋で一人黙々と、細やかで美しいものを作り上げたい」という私自身の気質とは、大きなズレがありました。自分が出せる実力の60%程度で作業が終わってしまうもどかしさを感じ、本来の力を出し切れていない思いが膨らんでいきました。

一時帰国と日本の伝統工芸との出会い

そして、ビザの更新時期に合わせて一時帰国したことが、自分の方向性をじっくり見つめ直す時間になりました。舞台の世界で感じる自分の限界を受け止めながら、テキスタイルや手作業に関わる新しい表現を探していたときに目に入ったのが、着物の柄を染めるために使われる日本の伝統工芸「伊勢型紙」でした。

和紙を柿渋で貼り合わせた渋紙に、職人が極限まで精密な文様を彫り込んでいく美しい仕事に、一目で心を奪われました。「私は細かくて美しく、職人技が光るものが好きなのだ」と、自分の本当の好みを再確認した瞬間でした。

実は、舞台制作への疑問を感じ始めていた2011年頃から、趣味の延長で小さな切り絵を作り始めていました。高価な画材を揃えなくても、道具とハサミやデザインナイフ、紙1枚さえあれば無限の表情を生み出せるポテンシャルに、興奮が収まりませんでした。

教室に通って伊勢型紙の彫り方や伝統文様を学び始めると、その奥深さに一層引き込まれていきました。そして、伊勢形紙の持つ緻密な構造や、彫りから生まれる繊細な美しさに強い影響を受けながら、自分自身のオリジナルの切り絵作品に応用したいと考えたのです。

伊勢型紙にインスパイアされたことで、切り絵を自分の生涯の表現手法として突き詰めたいという強い意志が固まりました。

展示の広がりと、ファインアートとしての価値

2013年にアメリカへ戻った後は本格的に創作を開始し、サンフランシスコでのグループ展に出展することから作家活動をスタートさせました。評判が良かったので、ギャラリーから「次は個展をしてみないか」と声をかけていただいたのです。

その個展をきっかけにたくさんの人に作品を知っていただくことができて、現在ではギャラリーアーティストとして、ギャラリーで展示販売を行う形が活動の基本となりました。シアトルをはじめ、ロサンゼルスやサンフランシスコなど西海岸主要都市のギャラリーで作品を発表しています。

さらに、ウィスコンシン州のラシーン美術館での展示に選ばれた時は、本当に嬉しかったですね。工芸や手作業の領域として見られがちな切り絵が、ファインアート(美術作品)として扱われ、正当に評価されていく中に入れたからです。切り絵にはまだまだ計り知れないポテンシャルがあり、自分の目指す表現のゴールはもっと先にあると強く実感しました。

不確実な時代の中で広がった作品の深み

作品を作る上で常に意識しているのは、単なるきれいな作品で終わらせず、見た人がふと立ち止まるような物語性を持たせることです。

2020年以降のパンデミック期には、作品の制作過程そのものに大きな変化がありました。切り絵はスケッチの段階から線と線をすべてつなげて考えなければなりませんし、切る作業にも緻密なコントロールが求められます。

社会全体が予測不可能でコントロールできない状況下で創作に向き合う中で、ひたすらコントロールが求められる制作過程にプレッシャーを感じ始め、自分の作品に対しても違和感を持ち始めました。

そこで、私は自分で紙を草木染めやサビ染めで染め上げる手法を取り入れ始めました。染めによって生じる偶然の色ムラや風合いを受け入れ、それを切り絵の直線や文様と組み合わせるプロセスは、自分自身の心を穏やかに整える瞑想のような時間となりました。コントロールできる精密さと、コントロールできない偶然の表情が合わさることで、作品の奥行きがさらに広がったと感じています。

デジタル技術やAIの進化によって、あらゆる画像やビジュアルが一瞬で作れるようになった現代において、一枚の紙と向き合う意味を考えることがあります。でも、AIで何でも生成できるからこそ、生身の人間が息を詰めて彫り上げた細やかな線や、そこに宿る作り手の魂を感じ取ってもらえることが、アーティストとして大きな喜びです。

自分だけの表現を切り拓く

舞台芸術の現場で感じた違和感や「自分にしかできない何かを作りたい」という模索の時間は、切り絵という唯一無二の表現手法へ繋がっていました。自分の手元で一枚の紙と向き合う道を選んだからこそ、今こうして活動できています。

最新の展開として、イギリスはウェールズの著名な絵本作家キャリル・ルイスさんとのコラボレーションによる絵本『The Paper Girl』の作画を担当しました。今年10月に出版されたばかりですが、その絵本のお話は私の経験とも重なる部分があり、最初に読んだ時は泣いてしまいました。

今まで切り絵でどのようなストーリーテリングができるか、さまざまな表現方法を試行錯誤してきましたが(ポートレート、レース切り絵、3Dなど)、今回の絵本は、その集大成のような仕上がりになったと思います。素晴らしい物語の世界観を表現したこの作品は、私の新たな節目と言えます。

振り返ってみると、回り道に見えたことも、自分の感覚に素直になり、手作業を積み重ねて、自分だけの強みを見つけることにつながりました。紙が秘める無限の可能性を信じ、コントロールできる精密さと染めから生まれる偶然の風合いを掛け合わせながら、これからも自分の目指す先の表現へ挑戦し続けたいと思います。

阿部加奈子(あべ・かなこ)略歴
栃木県の高校を卒業後、東京の語学学校を経て、2004年に渡米。サンフランシスコ州立大学で舞台芸術を専攻し、卒業と同時に衣装・小道具デザイナーとして働き始める。しかし、舞台制作への疑問を感じ、趣味の延長で切り絵作品を作り始めるが、一時帰国中に伊勢型紙にインスパイアされたことで、切り絵を自分の生涯の表現手法として突き詰めることに。グループ展で高く評価され、個展を開催。ギャラリーアーティストとして作品を販売し、美術館での作品展示、そして絵本作家とのコラボレーションなど、活躍の場を広げている。
ウェブサイト:www.kanakoabe.art
インスタグラム:www.instagram.com/abemanatee/

絵本『The Paper Girl』:
Amazon: https://link.amazon/B02s5vvgi
出版社サイトからも購入できます:https://www.quarto.com/books/9781805701828/the-paper-girl

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