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February 26
■ マルディグラ・スロー
約2週間に渡って開催されたマルディグラ・パレードも、カーニバルの最終日という意味の 『Fat Tuesday』 で最高潮に達し、終わりを告げた。ちなみに翌日の水曜は
『Ash Wednesday』 と呼ばれ、キリスト教徒が40日間の斎戒期間に入る日を指している。さて、このドンちゃん騒ぎのマルディグラ・パレードで、フロート(山車)から観客に向けて投げられる
"Throw"(スロー)の大半はビーズと呼ばれるプラスチック製の首飾りだが、年々趣向が凝らされ、最近ではおもちゃ類も多く含まれるようになった。電光ビーズや竹でできた槍、プラスチックのカップやぬいぐるみ、フットボール、袋に入ったお菓子類から女性用の下着まで、種類が豊富である。いい物をもらうには自分の存在をアピールした方がより効果的だが、幼い子供や赤ちゃんに多くのものが投げられる傾向にあるため、子供をダシに使う人も多い。また、ニューオリンズ市内に住んでいるにも関わらず、「カナダからはるばる来ました」と書いたサインボードを掲げたり、ありがちな人名をフロートに向かって叫び、振り向いた人と目を合わせてスローを投げてもらったりという方法もある。フロートに乗っている人のほとんどが酔っ払っているため、わりと効果がある。しかし、2週間にも及ぶパレードの後に残される課題は、山の様に積まれたスローをどうするかなのだ。 |
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February
19 ■ マルディグラのパレード 人口約50万人の町に約200万人の観客が訪れるため、町中が人の渦と化す。正式なカーニバルは1月6日の公現祭から始まるが、これは私設団体が行う仮面舞踏会と一般公開されるパレードから成り立っている。仮面舞踏会は1月6日にスーパードームなどで開催されるが、それなりの家系の女性たちが社交界にデビューする場で完全紹介制のため、観光客が参加できる機会は少ない。一般向けのパレードは、イースターの46日前の火曜にあたるマルディ・グラ・デーから約2週間にわたって開催されるが、これが現在のマルディグラの華。社交界・企業・学校・医師ら約60に上るグループによる
"Krew" (クルー)と呼ばれる団体がフロート(山車)・ブラスバンド・エンターテイナーらと行進し、それぞれの名称が入ったフロートからビーズ・メダル・プラスチックのコップなど(中にはプレミアがつく物もある)を観客に投げるのが習慣だ。フロートの中には数10万ドル(数千万円)以上もする豪華絢爛なものもあり、ハリウッド・スターが乗っていることも。また、クルーが投げる物をつかむと幸運が訪れるという言われがあることから、観客は
"Mister! Throw me something!" と叫ぶ。なお、クルーの名称が入ったものの中にはプレミアものも含まれている。黒人の社交団体
"Zulu" が配るマルディグラ・ココナッツを狙って来る観客も多いが、それには早朝からいい場所を確保しなければならない。そして、30〜50編成の海兵隊、プロミュージシャンから小・中学校の子供たちのブラスバンドも見どころの1つ。かわいらしいレオタードを着たダンサー達も音楽にあわせて踊りながらパレードの花道を行く。豪華絢爛なコスチュームをつけたマルディグラ・インディアンのパレードも注目の的。フランス領になる以前から住んでいて先住民を先祖に持つ彼らは、鳥の羽を使った巨大な飾りとコスチュームを1年がかりで制作し、花道を練り歩く。このパレードが最高潮に達するのは、マルディ・グラ・デー当日の火曜。パレードの最後尾は社交団体
"Rex" のクルーが飾る。フロートにはそれぞれのクルーから指名されたキングとクィーンが乗り、カーニバルに華を添えるが、1949年のキングは世界的なジャズ・ミュージシャン、ルイ・アームストロングだった。
| 今年のセレブリティ | Bacchus
- ジェイムス・ガンドルフィーニ (俳優) Bacchus - ドリュー・ブリース(セインツの QB) Orpheus - ショーン・ペイトン
(セインツの監督) Orpheus - ハリー・コニック Jr. (ミュージシャン、俳優) Orpheus - パトリシア・クラークソン (女優) Endymion
- タイラー・ヒックス (アメリカン・アイドル) Krewe du Vieux - クリス・ローズ (地元新聞コラムニスト) Mystic Krewe
of Shangri-La - クリス・オウエンズ (エンターテイナー) | >> マルディグラの歴史についてはこちら |
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©New Orleans CVB |
February
12 ■ プリザベーションホール 日曜日・夜のセットも試験的に開始
ニューオリンズのランドマーク、ニューオリンズ・ジャズの殿堂として広く知られている 『プリザベーション・ホール』。数ブロック先のミシシッピ川からは時折蒸気船の汽笛が聞こえてくるフレンチ・クォーターの中心部にある。入居しているビルは1750年に建てられたとてもレトロな建造物で、もともと民家だったのが写真屋、そして画廊に変わり、やがて1961年に伝統的なニューオリンズ・ジャズを保存する目的でジャズ・ホールとなった。現在も若手ミュージシャンと90歳近いシニア・ミュージシャン達が一緒になって生粋のニューオリンズ・ジャズを演奏し続けている。ちなみに1963年から何度も来日公演を行い、真摯なプレイで全国のファンに感銘を与えたジョージ・ルイスも常連プレイヤーだった。時代の移り変わりと共に世の中の音楽趣向がロックやモダン・ジャズへ移行しても、断固としてニューオリンズ・ジャズを次の世代に伝えようとしてきた
『プリザベーション・ホール』 だったが、ハリケーン・カトリーナが襲来し、多くのミュージシャンが被災したため、ホール自体は大きな損害は免れたものの何ヶ月も休業せざるを得ない状態で、ようやく再オープンを果たした後も定期的に開店することは難しくなっていた。しかし、それが週に数日、そして現在では木曜から日曜にかけて開店するまでに復活。また、試験的に日曜のみ昼と夜のダブル公演も始まった。バーのように酒を販売するわけではないので、0歳の赤ちゃんから入場できるのは嬉しい。あまりにも古い建物である故に、「本当にジャズ・クラブなのか?」と疑いたくなるが、暖房・冷房・音響もついていない建設当時そのままのホールに古いベンチが並び、天井にはアンティークな扇風機がついているだけ。そんな中で昔と変わらないサウンドを聴けば、あたかも昔にタイムスリップしたような気分になるから不思議だ。ちなみにオーナーのジャッフェ夫妻は
『被災ミュージシャン支援基金』 を開設し、路頭に迷ったミュージシャンたちを援助しており、現在も避難生活を続けているミュージシャンを町に戻そうと、日々支援活動を続け募金を呼びかけている。詳しくはこちら。
また、このホールでジャズ修行した外山夫妻が代表を努める日本ルイ・アームストロング協会も現地の音楽復興のために不要な楽器の提供を呼びかけている。詳しくはこちら。
■2007年2月現在のスケジュール 予告なしに変更される場合があるので、事前に公式サイトなどでもご確認下さい。
※1セットは45分で、途中に15分の休憩が入ります。 ※ホール内でのビデオ・写真撮影、および録音は禁止されています。
| 公演時間 | 木曜から土曜 開店 8pm;
開演 8:15pm 日曜 1)開店 3pm; 開演 3:30pm 2)開店 8pm; 開演 8:15pm |
| 入場料 | $8 |
| その他 | 禁煙、アルコール持ち込み不可、オール・エイジ
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