 写真©Toby
Armstrong; www.NewOrleansOnline.com |
December
25 ■ 大晦日 アメリカ国内で唯一、屋外でアルコールを飲み歩きできる町ニューオリンズだが、特に大晦日は町中がパーティ会場化するほどの賑わいになる。大晦日のメイン・イベントはやはりカウントダウン!プラスティックのコップに入ったハリケーン(カクテル)やビールを片手にした人たちで、ジャクソン広場が毎年埋め尽くされるほどの人出となる。カウントダウンにあわせて
Jackson Brewery から巨大な光のボールが落とされ、同時にミシシッピ川では花火が次々と打ち上げられるが、ディナーやライブ・ミュージックを満喫しながらクライマックスの花火を船上から楽しめる花火クルーズが大人気(チケットは前売り制)。川沿いのレストランなどでも大晦日限定サービスが楽しめる。また、昼からはニューオリンズ・セインツとカロライナ・パンサーズの試合がスーパドームにて行われる。大晦日は街中はかなりの混雑が予想されており、特に川沿いやジャクソン広場は花火見学の人たちでかなり混雑するので、身軽な格好で出かけよう!大晦日のイベントはこちら。大晦日のライブ演奏情報はこちら。 |
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写真©The Ritz-Carlton Hotel Company, L.L.C. |
December
18 ■ リッツ・カールトン・ホテル ルイジアナ州唯一の
AAA 5つ星ホテル、リッツカールトン・ホテルがハリケーンから実に1年3ヵ月後の2月4日、再オープンを果たした。同ホテルは100年以上の歴史を持つ建物で、国家歴史的建造物に指定されている。トラディショナルな南部らしい内装とインテリアは、ガーデン・ディストリクトにある南北戦争前の優雅なマンションを思い浮かばせる。宿泊施設の他、レストラン、バー、ショップ、スパなどの設備が整っており、ビジターだけでなく、高級で質の高いサービスを好むリッチなローカルの利用者も多い。木曜から土曜はホテル内のフレンチ・クォーター・バーにて有名ローカル・ミュージシャンによるライブ、日曜にはザイデコ・ブランチ、またロビー・ラウンジでは、ブードゥー・ティー、ビッグ・イージー・ティー、フレンチ・クォーターティなど、ローカルなメニューとともにトラディショナルなお茶もサーブされている。また、クラブのような雰囲気のライブラリ・ラウンジではピアノの生演奏が楽しめるし、以前より人気の高かったスパには、新しいリラックス・ルームが8部屋追加され、全22部屋で贅沢かつ質の高いトリートメントが受けられるようになった。会議室も大改装され、広々とした会議室の他、中部屋・小部屋もあり、500人前後から少人数の会議まですべて対応できるようになっている。大通りのカナル通りに面し、バーボン通りまで2ブロックという好ロケーション。12月中のみパティオには高さ40フィートの巨大なクリスマス・ツリーが、ティー・サロンにはジンジャーブレッド・ハウスが飾られている。 >>
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December
11 ■ ルイジアナ・ミュージック・ファクトリー
フレンチ・クォーター内にあったバージン・メガ・ストアの閉店に引き続き、今年8月に破産したタワー・レコードも閉店。ニューオリンズといえば音楽の町で、品揃えが多彩なだった大型店のクローズはビジターだけでなく、ローカルっ子にとっても残念なことである。というわけで、フレンチ・クォーター内のミュージック店は、長年にわたってローカルっ子たちが足しげく通ってきた老舗
『ルイジアナ・ミュージック・ファクトリー』 だけになった。ハウス・オブ・ブルースの真向かいにある小さな店構えながら、ジャズやブルース、ケイジャン、ザイデコ、R&B、ブラスバンド、ディキシーなど、ローカル・ミュージックの宝庫で、CD
を始め、カセット、LP 版、45s, 78s、ビデオ、本、ポスター、T シャツ、レアもののビニール・レコーディングと実に多種多様な商品が所狭しと並んでいる。また、店内にあるステージでは、CD
リリースやアニバーサリーなどの生ライブが頻繁に行なわれる。スタッフはとてもフレンドリーで、音楽にもとても詳しいので、何か知りたいことがあれば気軽に聞いてみよう。視聴コーナーもあり。オンラインストアはこちら。 |
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December
4 ■ ナポレオン・ハウス フレンチ・クォーターを歩くと、重要文化財に指定された建物が多く混在しているのがわかる。時間があれば、一つ一つの建物にこめられた歴史とドラマをこのガイドを片手に散策してみよう。
さて、古めかしい植民地時代の建物が並ぶ中、一際歴史を感じる建物の1つが 『ナポレオン・ハウス』 だ。1812年から1815年まで市長を務めたニコラス・ジロード氏が住んでいた邸宅(500
Chartres Street)で、1797年に建てられた。ジロード氏は1815年にナポレオンが地中海のエルバ島に追放されたという情報を聞きつけ、失脚したナポレオンを救出し、ニューオリンズに連れてこようと計画していたのである。しかしながら、ナポレオンは復帰したものの、ワーテルローの戦いに敗れて失脚、1821年にセントヘレナ島でこの世を去ってしまった。大幅な改装工事もし、ナポレオンを受け入れる体制が整ったものの、残念ながらナポレオンの死によってジロード氏の計画は実現しなかったのである。現在この建物は、そのレトロな雰囲気を活かしたバー&カフェになっている。ちなみにルイジアナ州は1803年にナポレオンによってフランス領からアメリカ領になった。 |