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ニューオリンズ日誌: 南部の町ニューオリンズの日常を、不定期にお届けします。
 2006年8月28日(月) ハリケーン・カトリーナから1年 
 
ハリケーン・カトリーナがアメリカ南部に襲来してから今日でちょうど1年目を迎えます。ハリケーンによってメキシコ湾から大量の海水が押し寄せ、高潮被害と破堤による大規模な洪水で当時ニューオリンズの街の80%が1ヶ月近く水没してしまいました。このアメリカ史上最大の災害による犠牲者はルイジアナ州だけで1,464人(2006年8月現在)。あれから1年の間に、22億トンの瓦礫(世界一大きいスーパードーム13個分)、浸水被害に遭った車が35万台、破船したボートや船など6万台が処理されました(DEQ 調べ)。数字で見ると高い復興率に感じるのですが、実際被災した住宅地にはまだまだ人影も少なく、ゴーストタウンとなっているところがほとんど。戻りたくても戻れない被災者がニューオリンズ市だけで22万人にのぼると言われています。運河に面していた我が家も2階部分まで浸水して再住不可能となり(写真)、以後シカゴ郊外で避難生活を送ってきました。正直、まさか、本当にまさか1年経っても戻ることができないなんて考えてもいませんでした。市の公認ガイドとして働いた私は被災後、ハリケーン・ガイドに転身し、メディアや行政、研究所の視察などで現場の案内役としてお仕事をさせていただいていますので、シカゴからニューオリンズまで何度も来ていますが、毎度目にする被災地の復興率は「これがアメリカ大国で起きている事実?」と目を疑うほど。明確な住宅地の復旧計画も提示されていなければ、堤防の修復も遅れているし、住める環境の住宅地の激減から不動産が高騰し、場所によってはアパートの賃金が40%も値上がりしています。また、電気や水道代も値上がりし、こんなことでどうやって街に戻ることができるのでしょうか。また、私にとっては息子を安心して通わせられる学校もなく、実際に戻ったところで生活できるだけ仕事があるのかが問題です(失業率は5.7%から6.4%に上昇)。

さて、被災した住宅地の "暗" とは反対に、旧市街地のフレンチ・クォーターなど観光地はどんどん明るさを取り戻しています。マルディグラには70万人、ジャズ・フェスティバルには35万人が訪れ、ニューオリンズ国際空港に発着するフライトの便数も毎日111便33都市へと、被災前の57%まで回復し、ホテルも38,000室のうち27,000室がオープンしているほか、レストランも1,000軒以上が営業を再開しています。そのようなわけですから、私自身も中心部で過ごしていると災害地であることを忘れてしまうほど。フランス領時代から残るパティオとアイアンレースの美しい建物や、昔ながらの蒸気船が汽笛を鳴らし(写真)、観光馬車が行き交い、映画 『欲望という名の電車』 に登場したストリート・カーがガタンゴトンと通り過ぎ、街角にはストリート・ミュージシャンや大道芸人、そしてたくさんの観光客の姿があります(写真)。また少し足を伸ばして郊外に出れば、歴史に残るプランテーションや幻想的な湿地帯でゆったりと泳ぐアリゲーターも見られます。

よく「今ニューオリンズへ行っても大丈夫ですか?」と聞かれますが、胸を張って「今だからこそ、ぜひニューオリンズへいらして下さい!!」と力強くお答えしています。もしどこかへ旅の計画をされるなら、ぜひニューオリンズを訪れて下さい!そしてディープサウスの見所や、クレオール・ケイジャンフードを満喫してください。ニューオリンズで生まれ育った音楽に酔いしれて下さい。くつろげるホテルも健在です。皆さん一人一人の訪れをニューオリンズっ子達が心待ちにしています。皆さんが訪れ、ニューオリンズを心からエンジョイすることが、街や人々に元気を与えてくれるのです。

この1年間、多くの人がニューオリンズ、および被災地にエールを送って下さいました。支援活動も継続して行なわれており、ニューオリンズの一市民としても心からお礼申し上げます。知人や友人、以前の職場の方々、クライアント、災害後にお会いした方々、実際に震災に遭われた方々などにたくさんの励ましをいただきました。皆様のエールは言葉では表せない程、私には大きな励みとなったことをこの場を借りて心からお礼を申し上げます。また今後ともニューオリンズへのエールを引き続きお願い申し上げます。(み)

※写真はいずれも被災後の写真


<日本のニューオリンズ支援グループのリンク>

ニューオリンズ復興プロジェクト ゴスペルリバーさん
http://www004.upp.so-net.ne.jp/gospel-river/

日本ルイアームストロング協会
http://users.tapstep.net/saints/home.shtml

ニューオリンズジャズソサエティ
http://jazzhounds.blog.ocn.ne.jp/helpneworleans/

ヘルプニューオリンズ
http://helpno.exblog.jp/


<専門家による最新レポート>

防災システム研究所
www.bo-sai.co.jp/hurricanes.htm

浸水した自宅


蒸気船


フレンチ・クォーター
 
 2006年8月14日(月) ジャズの街に伝わった日本からの熱い思い - アラビ・レッキング・クルー 
  ハリケーン・カトリーナの襲来から間もなく1年が経つものの、ニューオリンズではまだまだ基本的な生活環境が整っておらず、ミュージシャンを含む多くの人達も戻ることができないでいます。政府の対応が遅れている中 、甚大な被害に遭ったエリアの1つ、アラビ地区に住むミュージシャンが "アラビ・レッキング・クルー"(Arabi Wrecking Krewe)という非営利団体を立ち上げました。洪水保険に入ってなかったミュージシャンも多く、再建の目処が立っていない人が多い中、自分達で被災したミュージシャンの家々を直し、ニューオリンズに音楽を取り戻す働きかけをするのが目的で、先日ニューオリンズを訪れた日本ルイアームストロング協会は、8月3日にこの団体を訪れ、1万ドルの支援金と、洪水被害で楽器を失くしたギタリストのためにエレキギターなどを贈りました。贈呈が行われたのは New Orleans Night Crawlers のトロンボーン奏者・クレイグ・クラインの家でしたが、鉄砲水に流され壊滅的な被害を受けた Lower 9th ワードの隣に位置し、未だに電気の通っていない家々が並ぶ周辺はまるでゴーストタウン。しかし、修復中のクレイグの家で、皆が持ってきた楽器でジャムセッションがスタートすると、いろんな苦労が吹っ切れたように、どのミュージシャンも活き活きとした笑顔で演奏をしていました(写真)。

昨年、日本ルイアームストロング協会が楽器を贈呈した 9th ワードのカーバー高校は洪水に遭い、残念ながら現在は廃校となっています。また、同高校のバンドの先生だったウィリアム・ローリンズ先生の自宅も壊滅的な被害を受けたままでした。そこで、アラビ・レッキング・クルーは、日本ルイアームストロング協会が提供した支援金の一部をローリンズ先生の家の修復に充てることにし、早速今週から修理を始めました!世界中からいろいろな支援が各地に送られていますが、アラビ・レッキング・クルーへの支援はローカルでかつ着実に的を得た形で有効に使われています。ちなみに、支援金や支援品(電動のこぎり、釘、杭など)の他、家の修復を手伝ってくれるボランティアも随時募集しています。

そして、昨日、アラビ地区の方から日本ルイアームストロング協会にこのような手紙が届きました。

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外山様ご夫妻・協会の皆様

貴方の親切と、ニューオリンズおよびその周辺地区の子供たちに楽器や支援金を送って下さったすべての日本の皆様に心から感謝を申し上げます。皆さんにぜひとも知っていただきたいのは、その皆さんの寛大な心にはハリケーン・カトリーナによって、困難な時期を過ごしている多くの被災者の気持ちや心を変化させる力があるということです。愛情溢れる皆さんの考慮そのものが私達を癒してくれているのです。私達の家はセントバナード郡アラビ地区に位置し、今回貴協会が寄付をしたアラビ・レッキング・クルーの拠点です。周辺は10〜14フィート(約3m〜4m)の浸水被害に遭いました。皆さんが私達のためにして下さったすべてのことに対して神のご加護がありますように。私達は遠くからですが、皆さんに BIG HUG をお送りします!

ロバート・ボウテリエ一家より

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(み)

※上記の様子は FNN ニュースで放映されました。映像はこちらからご覧になれます。(高解像度 / 低解像度



 
 2006年8月9日(木) ジャズの街に伝わった日本からの熱い思い - TBC ブラスバンド 
 
※この日誌でご紹介しているイベントの密着取材の模様が、フジテレビ等 FNN 系列の 『FNNスピーク』 (8月11日午前11時半〜)で放送されます。ぜひご覧ください!

8月2日から7日まで、日本ルイ・アームストンログ協会の皆さんがニューオリンズを訪れていました。同協会は「銃にかえて楽器を」というスローガンのもと、日本国内で集めた楽器をニューオリンズの子供たちに送り続けており、既に600点以上の楽器が海を渡っています。私は同協会の現地コーディネートを担当しており、昨年は 9th 地区にあったカーバー高校に楽器を贈呈していました。残念ながら贈呈から間もなくハリケーン・カトリーナが襲来し、学校は甚大な被害を受け、現在も再興の目処は立っていません。同協会はハリケーン・カトリーナの襲来後、日本国内で最も早くニューオリンズの支援活動を開始。数々のチャリティ・コンサートを行い、全国から寄付を募った結果、総額900万円以上と楽器70点近くが全国から同協会へと届けられました。

8月3日、贈呈用の楽器を手にした一行は成田からヒューストン経由でニューオリンズへ到着しました。同協会代表の外山さんたちがコンコースに現れると、カーバー高校の生徒たちが結成した TBC ブラスバンドが一斉に演奏を始め、一行を歓迎。パワフルなサウンドに一行も他の乗客も相当ビックリされていましたが、外山さんたちは早速演奏に加わり、たくさんの人垣もできて、最後は拍手喝さいの盛り上がりとなりました。

実はこの TBC ブラスバンドにはいまだに避難生活を続けているメンバーもいるのですが、"TBC = To Be Continued" という名前の通り、できるだけ集まっては路上やイベントで演奏を続けています。中には稼いだお金で大学に進学することを目標としているメンバーもいます。けれど、彼らの楽器はほとんどが廃棄処分してもよさそうなボロボロの楽器だったのです。同協会はこの TBC ブラスバンドに、バンド再生費として$1000、そしてピカピカのアルトサックス1本、トロンボーン2本、トランペット1本を寄贈することにしました。手荷物受取所で、日本から到着したての楽器を開けた瞬間、サックスの子の大きな目から涙が溢れ出していました。ハリケーンの後、相当タフな日々を過ごしてきた彼らにとって、遠く日本からの温かい贈り物は感激を遥かに超えるものがあるようでした。

8月4日はサッチモことルイ・アームストロングの誕生日。TBC ブラスバンドは、この日行なわれたイベント「サッチモ・クラブ・ストラット」で演奏しました。今度はピカピカの楽器で、そして以前よりも力強く・・・。(み)

※地元新聞にも空港での出来事が掲載されました。記事はこちら

TBCブラスバンド


サッチモのバースデーケーキ 

 

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