■おすすめの本
『Push: A Novel』
著者:Sapphire
ハーレムの貧しい家庭で幼い頃から両親に性的虐待を含む身体・精神的虐待を受けてきた巨漢で不美人の黒人の女の子、プレシャス。この物語はそのプレシャスが父親の子供を妊娠しているという悲惨な状態から始まります。
1987年、ハーレム。まだ16歳のプレシャスが父親の子供を妊娠するのはこれで2度目。学校からは妊娠を理由に退学させられ、政府の生活保護に頼りきった母親の言いなりになる毎日を送っています。父親には赤ん坊の頃から性的虐待を受け、母親には「自分の男を取った」という支離滅裂な理由で性的ないたずらと身体的・精神的な激しい暴力を加え続けられるという、プレシャス(尊い)という名前の意味とは正反対の現実。「誰も私を愛してくれない」「自分はバカ以下」「気にも留められずに通り過ぎてしまわれるような、何の価値もない人間」「死にたいけど、死に方がわからない」と思いつめていくプレシャス。しかし、校長の勧めで訪れたオルタナティブ・スクールでの教師とクラスメートとの出会いが、彼女の中にあった人間としての尊厳を呼び覚まし、自分の人生を自分で切り開いていく知恵と力を身につけさせていきます。
"黒人だけでなく、ハーレムだけでもなく、誰にでもどこにでも起こりえる現実を凝縮させてある" と評されるこの物語から浮き彫りになるのは、アメリカの貧富の差と社会保障の不完全さ、暴力と肥満などといった、深刻な社会問題。プレシャスの汚い言葉を交えためちゃくちゃな英語が、そんな社会問題の真っ只中にある彼女の日常の悲惨さをストレートに伝えてきます。物語が進むにつれ、プレシャスは読み書きを覚え、年齢相応の文章を書くようになりますが、運命は彼女をそのままでは放っておかないんですね。でも、「どんな難題が待ち受けていても、彼女なら乗り越えていく」、そのような希望を感じさせてくれました。誰にでも生きる権利はある。誰にでも学ぶ権利はある。そして、誰にでも幸せをつかむ権利がある。いろいろな場面で効果的に使われる "push" という言葉がこの物語の題名になったことにも納得です。
原作者のサファイアは1950年生まれの作家でパフォーマー詩人。1983年から10年間にわたりハーレムのオルタナティブ・スクールで教えていた時にプレシャスのような子供たちに出会ったことはもちろん、自身のレズビアンとしての経験や家庭問題、そして当時の社会問題を、この作品に投影しているそう。2009年にリー・ダニエルズによって 『Precious』 という題名で映画化されましたが、私としてはやはりプレシャスの細かな変化を感じ取れる本の方をおすすめします。日本語訳は河出書房から東江一紀さんの翻訳で出版されています。
日本語公式サイト
www.precious-movie.net
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