第2回「価値観を揺さぶられた一年」- 兵庫県立神戸北高等学校 高場政晃先生

ワシントン州と兵庫県の教育交流

高場政晃(マサ先生)
2016年4月より2017年3月まで、シアトル近郊マカティオ市カミアック高校に赴任し、日本語授業を担当。教師歴13年。NPO 法人ファザーリング・ジャパン関西のメンバーとして、シアトル父子ツアーにも携わる。神戸北高校の公式サイトに掲載されているシアトル便りもぜひご覧ください。

行ったこともないアメリカ。日本語のネィテイブスピーカーとして、海外で日本語を学ぶ生徒の役に立ちたい、そこから学びたいというのが応募した動機です。普段は日本の高校で英語を教えています。生徒の英語に対する苦手意識は強いのですが、ALT の授業の時は、英語を使って楽しむことに目標に授業をするので、英語が苦手な生徒も生き生きしているのを見て、自分もそんな経験をしてみたいと思ったのです。派遣が決まったときは、とにかく楽しみでした。

とにかくクリエイティブな授業

高校では、日本語授業の合間にたくさん授業見学に行き、どの先生にも歓迎していただきました。ほとんどの授業はパワーポイントで進められ、生徒も日本のようにきちっとノートにとっていないので、学んだことが頭に残っていくのか疑問でした。 しかし、何かを覚えることが目的ではなく、生徒が独創的に何かをすることが目的なので、ノートをとる必要がないのだとわかりました。

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例えば、国語の授業で「自分の信念を一語で表し、それをパートナーに説明しなさい」という授業では、チャイムが鳴っても話し続ける生徒たちに衝撃を受けました。小説の解釈は先生が説明するのではなく生徒が討論し、読み終えた後は、何かをやって楽しむ活動があります。例えば『ロミオとジュリエット』を読んだ後に仮面舞踏会をやったり、O・ヘンリーの短編を読んだ後にその現代版を作ってやってみたり。数学の授業でグループごとにスキットを作り、ビデオ撮影をしていたのには、さすがに驚きました。他の高校の日本語のクラスにも足をのばしましたが、覚えた表現を使ってテレビコマーシャルを作って撮影していたり、生徒と先生のやり取りでお話を作りながら表現を覚えていたりと、やはりとにかくクリエイティブでした。

ある日の生徒会の代表を決める演説会では、「えっ、あの子が」と驚きました。日本語の授業では静かなタイプに見える子たちが、自分に投票する理由や自分の実績を自信たっぷりに、ジョークも交えながら原稿も見ずに饒舌に話していたからです。積極性や人前で何かすることを尊ぶ良い習慣があり、自分に自信を持っている。そういう風土で育ってきているから基礎的なパフォーマンス力があるのだと感心しました。日本の学校でも、受け身だけでなく、もっとそれを使ってできる創造的な表現活動を取り入れていきたいです。

「取り組み方は人それぞれ」さすが自由の国アメリカ

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黙って座って、ノートをとって覚える、となりがちな日本の学校と違い、アメリカでは基本的に生徒が自分で考えた自発的な取り組みを褒めます。先生は前で椅子に座って議論を整理し、生徒が丸く囲んで話し合うスタイルが多いです。ちょうど大統領選挙の時期だったので、米国史やメディア論では毎時間のように討論をしていました。まさにアクティブラーニングです。そういう授業では、先生の説明や誰かの発言の最中でも、どんどん手を挙げます。

反面、授業中の規則はかなり自由に感じます。先生が説明した後、ペアやグループで相談する時間になると、教室のソファに寝転んだり、廊下に出てしゃがんだりと、リラックスして課題に取り組みます。最初は「もっときちっとしつけた方が」と感じることもありましたが、「ちゃんとやるべきことができるなら、その取り組み方は人ぞれぞれで良い」という考え方がその底辺にあると感じました。

日本語が上手な生徒たち

日本語の授業では、思った以上に上手な生徒が多くて驚きました。日本語を始めて1年から3年の生徒ばかりなので、日本の中学生の英語と同じ状況ですが、「話す」ということに関してはアメリカが大きく進んでいるように感じました。人前で話すことを恥ずかしがらない気質も大きいと思いますが、テストも大きく関係しているのですね。大学進学後の単位習得に関わる AP テストという共通テストでは、読む・書く・聞くに加えて、話すテストがあります。そのおかげで、教科書も授業も自然と会話中心となっています。

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そこで、「日本語1」の授業での会話練習を積極的に担当しました。そこでは、ひらがなやローマ字による表記を交えず、すべてイラストに置き換え、それを見て会話を行うという方法を採り入れました。日本の小中学校で英語の先生がこの方法で成果をあげられているのを知っていたので(TOSS 英会話)、日本語教育で試してみたいと思いました。

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採り入れて半年後に会話テストをした時、授業中にあまり積極的に発言しない生徒が、完璧な発音とアクセントですらすらと私と会話を続ける様子に本当に驚かされました。ワシントン州日本語教師会総会でその成果を発表したところ、大きな反響をいただきました。その後、実践して下さった先生の教室に見学に行き、自分がこちらでの日本語教育に少しでも貢献できたことを嬉しく思いました。またワシントン・オレゴン州外国語教師会でも実践発表の機会を戴き、得難い経験ができました。

正直うらやましい学校環境

アメリカの学校では、進路指導、生徒指導、出席管理、部活動などをそれぞれの専門職員が行っているため、教師が完全に授業に集中できます。屈強な警備員2名に加え、警察官も常駐していました。教員以外の専門スタッフの割合が日本は18%に対して米国は44%というデータからもわかるように、教員一人当たりの仕事量の初期設定値が大きく違うことを知りました。労働環境を変えずに外国と比較しクオリティだけを求められると、日本の先生は辛いなと思います。

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IT 環境は予想通り整っていました。ワゴンに入ったクラス人数分の貸出用ノートパソコンのセットがたくさんあり、本当にいつでも使えます。グループで作品を書く課題では、全員がパソコンを操作し共有ファイルを同時編集していました。英語が母語でないクラス(ELL)では、インターネットの英語学習者用ニュースサイトを使っていました。以前、日本でパソコンとプロジェクタを教室に持ち込んでいましたが、手間がかかり長続きしませんでした。今は、あまり活用されていなかった視聴覚室にコンピュータを置き、生徒がそこにやってくるというアメリカ式にし、英語ニュースサイトも存分に活用しています。

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また、管理職による教員評価のための授業参観や面談が年に数回あり、同席させてもらいました。話し合って年度ごとに目標を決め、数回の授業参観の後、年度末に達成度を確認していました。印象に残ったのは、管理職が自分のコメントをすべてその教員に開示していたことです。面接中、タブレットを見せながら「ぼくはあなたの授業のこういうところが良いと思う、次はこういうところに気を付けたらいいと考えているが、あなたはどう思うか?」「これが僕のコメントだ、あなたの言っていることを正しく理解しているか確認してほしい」というように、しっかりコミュニケーションをしながら書き込み、面談後、すぐにその内容がメールで送られてきたのには驚きました。とても優秀な副校長ですが、30代半ばということにも驚きました。

それから、特別支援について。いわゆる発達障害への支援にも関わりました。大きくわけて2つのタイプがあり、1日1時間のみ別教室で特別に授業をうける場合と、通常の授業の中で配慮をするという場合があります。心理士や言語聴覚士、ソーシャルワーカーをはじめとする専門職員がたくさん配置されていました。生徒の状況を担当カウンセラーが報告し、支援の内容を決める「学校介入委員会」に毎週参加させてもらい、知っている生徒については意見を述べました。その会議や授業に参加して感じたことは、保護者や生徒が積極的にその支援を受けようとしていることです。適切なサポートはその子が伸びるための権利であるという考え方で、生徒本人も自分の強みや弱みをよく理解しており、周囲も多様性を尊重している印象を受けました。

子どもが日本に帰りたがらない!

勤務は朝が早く、帰りは早い。車の通勤ラッシュはなんと午後3時ごろでした。すると仕事後に半日ある感覚で、家族でゆったり過ごしたり何か活動をしたりする時間がたっぷりあります。これは働き方の感覚の差だと思いました。日本では、仕事を家庭に持ち込まないという言葉に集約されるように、ある時間から時間までを決まった場所で過ごすというのが働くという感覚があるように思います。アメリカでは、場所というよりもその人自身の活動が仕事で、ネット環境さえあれば働く場所については柔軟に許容する雰囲気を感じます。やるべきことをやったら、その形態は問わないというその姿勢は、学校で感じた「求められていることをやったら学習形態は問わない」という感覚に通じているように思いました。現地新聞にそのことを寄稿したところ、たくさんの反応をいただきました。

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家族とともに米国で生活したことも大きなプラスでした。現地のプリスクールと小学校に通う娘たちを通じて多くの人々と知り合えたおかげで、米国での子育てについて学ぶことができました。保護者のボランティアが多く、登下校や行事のときだけでなく、教室の中にまでいるのは驚きました。それだけ受け入れる余地があるということです。

私は日本で父親の育児を応援する NPO 法人ファザーリング・ジャパン関西に参加しているので、現地の父親の様子に興味があったのですが、お迎えやイベントで出会う父親は、日本よりもやや多く思いました。わざわざ「父親の育児」と言わなくても、それは当然のこととして受け止められているようです。私も勤務後の時間を使って、家族と地域のファーマーズ・マーケットに行ったり、高校のスポーツ観戦に行ったりしました。そのようにして、出発前のわくわくのまま、本当に充実した一年を過ごすことができました。娘たちはそんな暮らしが気に入ったらしく、任期終了が近くなっても日本に帰りたがりませんでした。4歳の娘は今も「いつアメリカに帰るの?」と聞いてきます。日本帰国後は両国の働き方の違いを実感する毎日ですが、自分にあった働き方をしていこうと思っています。

たくさんの素晴らしい方々と出会い、これまでの価値観を揺り動かされ、多様性の素晴らしさを再認識する、かけがえのない経験ができました。これからも日米親善に関わっていきたいと思っています。関わってくださったワシントン州の関係者すべての方々に心から感謝しています。

掲載:2017年9月 文・写真:高場政晃

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