埼玉西武ライオンズ 編成部国際業務駐米担当 末吉英則さん「与えられた仕事をこなし、視野を広げ、人との出会いを大切に」

末吉英則さん

2016年の東京ドームでのオランダとの強化試合で、元マリナーズ選手たちと。カリアン・サムス外野手(35)、ギルマー・ランペ外野手(42)、ラルス・ハイアー投手(29)

略歴:大阪府出身。オレゴン大学卒業後、オリックス野球クラブ株式会社に入社。1998年にシアトル・マリナーズに3年契約で出向し、2000年にシアトル・マリナーズに正式入社。2013年12月から2015年10月までロサンゼルス・ドジャースで勤務。2017年4月から現職。2000年のインタビュー記事はこちら

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末吉英則さんに初めてお話を伺ったのは、末吉さんがオリックスからシアトル・マリナーズに入社してスカウト部長付補佐に就任し、佐々木主浩投手がマリナーズに移籍して活躍しルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞した2000年だった。それから17年にわたり末吉さんが見てきた日本と米国の野球界での変化とは。野球界のみならず、どんな仕事にも通じる心構えについて伺った。

多彩な履歴が求められるアメリカ社会

オリックスから1998年に転職したシアトル・マリナーズを2013年11月半ばで退職したのは、ロサンゼルス・ドジャーズに転職した元上司の副社長から「一緒にやらないか」と誘われたことがきっかけです。アメリカの社会では、一つの会社で定年まで勤め上げるのではなく、転職してキャリアアップし、多彩な履歴を作るのが良しとされていますから、その時期が来たかなと考えました。

でも、2013年12月からドジャーズで2014・2015年シーズンを過ごし、ドジャーズのGMが1年目と2年目で違う方になって人事変更があり、僕の仕事は2015年10月末で終わってしまいました。その後、他のメジャー球団での仕事を探しながら、日本ハムのアリゾナ州での初キャンプのサポート、日本人コーチのメジャー球団キャンプでの通訳などをさせていただき、2016年3月1日からは日本野球機構の駐米アドバイザーとして、MLBでの動きと情報収集についてはもちろん、WBCの開催前は侍ジャパンが対戦しそうなチームの選手の情報を入手し、WBC開催中は先乗りスコアラーの一人として仕事を今年3月末まで行いました。そして今回、西武ライオンズから外国人選手の調査をする編成部国際業務駐米担当という仕事をいただきました。

アメリカの野球界で17年 これまで培った人脈が大切

編成部国際業務駐米担当の主な仕事は、西武ライオンズと契約してくれそうな選手をメジャーあるいはマイナーリーグで探すこと。日本と韓国でプレーした元選手がスカウトを担当しているので、僕はそのサポートとして、今までの経験や人脈を通して情報を入手していきます。どの選手がいいかと球団上層部が悩んでしまうような、人間的にも選手としてもすばらしい人をたくさん見つけたい。そして、球団が最終的に良い形で意思決定できるようにしたいですね。

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末吉さんが約15年を過ごした、シアトル・マリナーズの本拠地セーフコ・フィールド

今でこそいろいろなところで「情報」は出ていますが、「表に出てこない情報」「オフィスワークでは得られない情報」は絶対にあります。マリナーズとドジャーズ、あわせて17年にわたりアメリカでやってきましたので、メジャー球団の内部にいる人たちをよく知っていますし、マリナーズにいた人たちが今は他の球団でコーチなどグラウンドレベルの仕事をしたりしています。いろいろな情報をとるに当たって、最終的にはこれまで培ってきた人脈がとても大切になりますね。

例えば、シアトルの南のタコマには、マリナーズの3Aのチームがあります。球場に出向けば、選手やコーチ陣と「最近どうしてるの」という話から始まりますが、そこからまた人脈が広がっていくと思うとワクワクします。

「日本に行ってよかった」と言ってもらえるように

外国人選手が日本へ行く場合、野球だけでなく生活面、日本の社会や文化に対する対応ができるかどうか、日本に行く前に判断するのは難しいですね。我々日本人がアメリカに来る時と同じで、行ってみないとわからない。

でも、今は昔よりも日本についての情報が出ていますし、日本食も一般的になってきています。また、僕がオリックスで働いていたときは、アメリカでプレーしていた日本人選手は野茂英雄選手だけでしたが、今は相当な数の日本人選手がメジャーでプレーしていますし、日本の球団でプレーした選手やコーチなどからの情報も横に広がっています。

選手は自分で決めて行くわけですが、実際に日本へ行くとなったときの気持ちは、日本からアメリカに転勤になった日本人駐在員のお気持ちと似ているかもしれません。特にアメリカから日本へ行く選手の場合は家族も一緒に行くのが基本でしょうから、その家族のケアも必要です。言葉のこと、食事のこと、子供がいれば学校のこと、病気になれば医療機関のことなど、ちゃんとした通訳を含めた、球団のサポート体制が問われるところです。「日本に行ってよかった」と言ってもらえるようにしたいですね。

選手の野球人生の過ごし方が変わりつつある

イチロー選手がマリナーズに移籍した2001年以降、アメリカのメジャー球団は日本にスカウトを送り続け、日本もメジャーで活躍できる選手を輩出し続けています。今後もそういう選手がさらに出て来ると思います。

それと並行して、アメリカのメジャー球団や選手にとっての日本の位置付けも変わってきているようです。メジャー球団では複数年契約している選手がいると若い選手が試合に出られないということがありますから、日本、そして最近は韓国KBOを毎日プレーできる場所として選択肢の一つとして考え始めました。以前は、日本や韓国は野球人生の終わりに行く場所という位置付けだったのが、野球人生の途中での選択になってきているのです。今シーズンは、韓国KBOでホームラン王になったエリック・テームズ選手がミルウォーキー・ブルワーズに戻って活躍しています。そんなふうに、若い選手が20代後半で日本や韓国に行って、またアメリカに戻ってきて活躍するという、一方通行ではなく、往復するケースがこれからもっと出てくるかもしれません。

今シーズンは、元マリナーズの選手が日本で活躍しています。オリックスにステフェン・ロメロ、ベイスターズにホセ・ロペス、ヤクルトスワローズにウラディミール・バレンティン、楽天にカルロス・ペゲーロ。マリナーズの時にいい素材の選手を取っていたということです。日本から帰ってきたアメリカ人選手が、選手生活から引退した後、日本やアメリカでコーチをすることもありますね。アメリカ以外での経験がステップアップの選択肢になってきていると考えていいと僕は思っています。

与えられた仕事をこなし、視野を広げ、人との出会いを大切に

アメリカのメジャー球団での日本人職員では、やはり1965年にロサンゼルス・ドジャースの職員となって活躍された故・生原昭宏さん、通称アイク・生原さんは、我々野球人に道を開いてくれた、本当に偉大な存在です。また、日本の球団で長年外国人調査や渉外を担当された中日ドラゴンズの足木敏郎氏や、横浜ベイスターズの故・牛込惟浩氏も憧れの大先輩で、ご両人のご苦労と功績には頭が下がります。

今は僕がマリナーズに来た1998年よりも門戸は開かれていると思いますので、メジャー球団で働きたいという日本人の方には、どんどん挑戦してもらいたいですね。インターンから職員になったりする方もいますし、女性もどんどん増えてきています。

うまくインターンになれたり就職できたら、まずは頼まれた仕事をきっちりこなすことが大切。ちゃんと仕事ができるか。締め切りを守れるか。そういったことを上の人は見ています。採用されたということは認めてもらっているということなので、次は結果を出して認めてもらうこと。やりたいことと、やらないといけないことは別ですからね。そうして、少しずつ自分の色を出していけばいい。組織で生き残るのは簡単ではありません。

そして、野球だけでなく、アメリカの社会、住む地域、世界情勢についても知ることが大切です。それが野球に直接つながっていなくても、もっと知識を広げて、広い視野で物事を見られるようにするほうがいいと思います。日本とはシステムが違いますし、日本以外に住むのであれば、違いに順応する必要があるからです。

何かあったら、今でもマリナーズやドジャーズの関係者に電話一本でお願いできる、それはこれまでその人と仕事でも個人としても真摯につきあってきたからです。自分がどう接してもらいたいか、どう扱ってもらいたいかを考えれば、相手にどう接するべきかわかります。

また、その仕事は終わったとしても、その人との関係は終わりではありません。野球界を去って違う業界に移ったとしても、何か一緒にできることがあるかもしれませんし、親しい友達になるかもしれません。そんなふうに、どこかでまたつながっていくかもしれない人間関係を大切にしたいですね。

掲載:2017年5月 取材:編集部

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