ディーン・フジオカさん(俳優・ミュージシャン)「海外で得た経験や価値観は、日本を豊かにする原動力になる」

ディーン・フジオカさん

Dean Fujioka/1980年生まれ、福島県出身。高校卒業後にシアトルのコミュニティ・カレッジでITを専攻。大学卒業後はアジアを放浪し、香港のクラブでスカウトされたことを機にモデルとして活躍。2005年に映画『八月の物語』で俳優デビューを果たした後、台湾に拠点を移し、多くのドラマや映画に出演。2014年にはドラマ『荒野のピンカートン探偵社(The Pinkertons)』で北米デビューを果たす。現在、2015年度下半期のNHK朝の連続テレビ小説 『あさが来た』 に五代友厚役で出演し、国内外で大きな注目を集めている。

【公式サイト】www.deanfujioka.net

インタビューの最後に、ディーンさんの「シアトル思い出スポット」をご紹介しています!

NHK 朝の連続テレビ小説 『あさが来た』 で五代友厚役を好演する注目の俳優、Dean Fujioka(ディーン・フジオカ)さん。日本人の両親の元に生まれ、日本で育ったが、俳優としてのキャリアはアジアでスタートしたという、日本の芸能界では珍しい経歴の持ち主だ。シアトルでの留学時代や、『あさが来た』五代役への取り組み、国際結婚で恵まれた双子のお子さんの子育てで意識していること、今後の抱負などについて話を聞いた。

シアトル留学時代、Junglecity.com をよく見てくれていたというディーンさん。「懐かしい!」と興奮しながら、インタビューに答えてくれた。

語学と音楽に親しんだ少年時代

アジア、アメリカ、日本など世界を股に掛けて活躍するディーンさんの外国文化への興味は、商社勤めの父とピアノ講師の母の元に生まれるという環境の中で、自然と培われていった。

小さい頃は、よく笑う子だったそうです。恐竜の本や虫の本、レゴ遊びが大好きな、よくいる「男の子」でしたが、見た目のせいか、よく女の子に間違われていました。

母がピアノの先生だったので、家の中にはいつもクラシック音楽が流れていて、楽器もたくさんありました。自然と音楽に親しめる環境だったと思います。日本のポップスもよく聴いていましたが、小学校高学年に入ると少しませてきて、洋楽も聞き始めるようになりました。当時、流行っていた『NOW』という洋楽のコンピレーションアルバムを買ったりしていましたね。そのうち、メタリカやニルヴァーナなど、激しい音楽を聞くようになりました。

楽器もいろいろやりました。最初はピアノを習っていましたが、途中からギターに転向。高校に入ってからは、いくつかバンドも組みました。実は、中学生くらいからずっと、海外に行きたいという気持ちが強かったんです。父親が商社勤めで海外を飛び回っていたので、その影響もあったと思います。でも、「高校を出るまでは日本にいなさい」と、留学に反対されてしまって。音楽やバンド活動があったから、なんとか高校生活を乗り切れたように思います。

父は時々、何気なく外国語を教えてくれました。例えば、父と一緒にお風呂に入って「あと10数えたら上がっていいよ」というときの数え方が中国語だったり。アメリカ出張のお土産に、英語のレーザーディスクを買ってきてくれたこともありました。『オズの魔法使い』やディズニーアニメ、『ジーザス・クライスト=スーパースター』など、振り返ってみれば、父なりにいいと思ったものを選んでくれていたんだと思います。当時は子どもだったので、「ちょっと面倒だな」なんて思っていましたが(笑)。

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