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第48回 戦士たち

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著者プロフィール:神尾季世子
弁護士として、雇用法を土台としたコンサルティング・ビジネスに携わる。ライターとしても、雇用法、移民法、憲法、遺産相続など幅広い分野において執筆。代表作は GLOBAL CRITICAL RACE FEMINISM: AN INTERNATIONAL READER (2000, New York University Press)に収録された。フィッシュ・アンド・リチャードソン、モリソン・フォースターなど日米の国際法律事務所で訴訟関連プロジェクトに関わる。連絡先は、info@kamiolaw.com。当コラムのタイトルにある「プロセ(Pro Se)」は、ラテン語で “on behalf of oneself” という意味であり、弁護士を雇わずに個人の力で訴訟を起こす原告を指す専門用語。「自力で道を拓く」という私的解釈により著者の好む言葉である。

10月 X 日

どこか艶やかな晩夏の風が、いつの間にか憂いを帯びてきた。だから、という訳でもないだろうが、ふっと心にすきま風が吹き込むように、淋しさがフツフツと込み上げてきた。神無月の東京には、昨年より一足も二足も早く冬の匂いが立ち込めつつある。高層ビルの狭間から仰ぎ見る空は、心も重くなりそうなグレーだ。いや、ねずみ色とでも呼んだ方が似つかわしい。会議を終え、TBSタワーがそびえ立つ赤坂の喧騒の中を永田町駅へと向かって歩く。平日の昼下がりだというのに、路上にはダークスーツ姿の会社員ばかりが目立つ。そこには、背広姿の数だけ小さな物語があるのだろう。背を丸めたように歩くあの中年男性は、一向に伸びる気配がない営業成績に溜息を漏らしつつ、重い足を引き摺るように職場への道を辿るのだろうか。三十代半ばらしい細身の男性は、単身赴任で郷里に残してきた幼子の誕生日に何を贈ろうかと思案しながら、得意先へと向かうのだろうか。経理部長も人事課長も広報係長も、背広を脱げば、ひとりの夫であり父であり男である。だが、大都会のビル街に溶け込む彼らの姿は、あまりにも一律的であり、モノトーンだ。サラリーマンという、どこか哀しげな響きもある言葉でひとくくりにされる彼ら。私自身も少しくたびれた黒いスーツに身を包み、ノートパソコンを入れた鞄を提げ、赤坂見附の人混みを縫い闊歩する。今や、私もいっぱしのサラリーマンだ。そう、サラリーウーマンでも、ましてやキャリアウーマンでもない。毎朝、駅員の押し屋にぐいぐいと背を押された挙句、通勤電車の中でパンケーキ化され、夜は夜で行きたくもない飲み会(一滴もお酒が飲めないのに、である)に付き合わされる。もっとも、そんな生活への違和感は次第に薄まりつつあるから、それはそれで喜ぶべきかどうか複雑な心境でもある。

「背広を着て、満員電車に揺られてさ。サラリーマンの生活なんか、僕はまっぴらだね。」そう呟いたシアトルの友人のシニカルな横顔を思い描く。彼を含め、シアトルでの私の男友達の間では、自営業者が圧倒的に多かった。かつては大手町界隈で会社勤めをしていた友もいる。企業戦士としての人生に見切りをつけてアメリカに居を移した彼は、日本で言えば部長クラスの年代に手が届こうとしている。「もう、あんな人生は考えられもしないよ。」ジーンズ姿がよく似合う長身の彼は、細々とではあるが自らのビジネスを開拓し、休日ともなれば家族でキャンピングに釣りにとアウトドアを謳歌する。「それなのに、君はわざわざ自分から日本の企業社会へ飛び込んでいくんだからさ。不思議だなあ。」「東京なんて窮屈だろう?僕は、自分の子供にはシアトルでのびのびと育って欲しいと思うけどね。」「早くこっちへ帰って来たらどうだ?」外野のそんな声が脳裏で交差する中、今日も私はメトロに揺られ、窓越しに流れるビル街の風景をぼんやりと眺めている。

六本木ヒルズを彩るクリスマスの飾り

六本木ヒルズを彩るクリスマスの飾り

10月 X 日

スカートを履く人達も、世の中には存在するのだ。そんな発見をしている自分に、声を立てて笑い出したくもなる。保護者会と銘打ってはいるものの、平日の昼下がりに行われるこの会の参加者は一人残らず母親である。そう、この世には「女性」なる人々が存在するのだ。半休を取って息子の学校で保護者対象の親睦会に参加した時、周囲を見渡して、しみじみと考えた。誇張で言っているのではない。普段、男性と仕事をする時間の方が圧倒的に長く、紅一点で会議に出ることも多い上に、定期的に参加するネットワーキングの会合でさえも、ほぼ全員が男性という生活をしているのだ。男子校に紛れこんだような感がつきまとうのも無理はないだろう。「スカートを履いた」参加者に囲まれ中華料理を食べながらの親睦会は、他愛もないお喋り中心に進行していく。「うちの娘って、アニメオタクなのよお。」一人の母親が言えば、「へーえ」「そうなのねえ」といった声が一斉に上がる。テーブルには、美しい女性が目につく。髪はきちんとブローされているし、どこかのサロンで手入れをしてもらったのだろう、ネイルアートまで行き届いている。(きれいだなあ。)見惚れつつ、女性ばかりの席の華やぎが新鮮で目を見張る思いだ。専業主婦の母親たちは、スターバックスあたりでコーヒーでも飲みながら、子育てについて、そして時にはファッションや芸能界について、情報交換をするのだろうか。「主婦業も年季が入るとね、男の人とまっとうな会話をすることもなくなるから淋しいわよ。」そんな風に嘆いていた専業主婦の知人を思い出す。「隣の芝生は青い」とは、このことだ。たまたま「男子校」に身を投じた私は、逆の立場と言える。たまには思い切り、母親仲間とのお茶会で笑い転げてみたい衝動にかられる。その一方で、こうも思う。そのような機会に恵まれたら恵まれたで、女だけの世界に一抹の空しさを感じるかもしれない。都内でのネットワーキング・グループを通じて、私は良い男友達を与えられた。Nさんは、単身赴任の期間が数年を超える。Tさんは、大学卒業以来25年以上も勤めてきた会社への尽きない愛情をとくとくと語る。彼らとお茶を飲み、時には食事に出かけ、海外出張中には国際電話で相談を持ちかける。シアトルで自営業を営む男友達とはおのずから異なるタイプだ。退職届を出して外国に移住し、自ら事業を切り拓いて生活するなど、彼らには考えられないだろう。カイシャ大国・ニッポンに安住の地を築いてきた彼らには彼らなりの生き様があり、そこから学ぶものもまたある。ブリーフケースを提げ、電車を待つ。そんな朝を幾千と繰り返した先に見えてくるものもあるのだろう。大企業の戦士として誇りを掲げ生きてきた亡き父の姿が、戦士たちの背後に見え隠れするような気がしないでもない。

舞子で見た明石海峡大橋

舞子で見た明石海峡大橋

11月 X 日

西神戸へ行こう、と思い立った。休日の朝、一人で電車に乗る。元町や三宮。繁華街にはもう幾度も足を運んできたが、須磨や舞子からはもう何年、いや何十年(?)も遠ざかったままだ。遠い夏、親友Yちゃんとお揃いのワンピース型水着をプールバッグにしのばせ、須磨海岸へ泳ぎに行った。歳月の重みの中で、その記憶も次第に色を失い、今はもう思い出の断片しか残らない。Y ちゃんは、どうしているのだろう。車窓の外に拡がる海沿いの街をぼんやりと見つめる。舞子駅に降り立った瞬間、歓声を上げたくなった。舞子と淡路島を結ぶ世界最長の吊橋・明石海峡大橋の雄大かつ優美な姿が目前に拡がる。ああ、神戸は、こんなにも温かい。いつでも、帰っておいでよ。そんな風に肩を叩いてくれるような気がしてならない。プロムナードに松林。潮風に吹かれながら、一人きりの散策を満喫する。アメリカ人と結婚し、アメリカに住む。そんな生き方を選択した背景には、神戸で過ごした青春があるような気がしてならない。異国への憧憬を掻き立てる何かを、この港町は秘めているのだ。

「女の子はいいよね、自由な生き方ができて。」そんな言葉を呟いた青年を思い出す。当時、入っていたサークルの活動で知り合った大学生だ。彼の同級生の女子学生が、フランス人留学生と大恋愛の末、親の反対を押し切って退学し、恋人と共にフランスへ渡ったと言う。「そういう大胆な生き方が選べるんだよね、女だと。青い目の人と連れ立ってポンと国外へ出るなんてさ、僕たち男にはできっこないよ。保守的にならざるを得ないんだ。」(「女の子は」って、十把ひとかけらにしないでよ。)心の中ではそう悪態をつきもしたが、彼の言い分に一理あるのは否めないと今は思う。「一家の大黒柱(死語だろうか?)」としての役割を社会的に期待されない日本女性は、採用や昇進において男性に遅れをとることもある反面、自由奔放に生きる恩恵もまた享受している。結局は、私も無意識のうちに女として生きてきたのかもしれない。海外へ出る契機となったのは恋愛ではなく留学だったが、経済的自立もしないまま、そして明確な人生のゴールを設定しないまま、若くして結婚に飛び込みアメリカ永住を決め込んだ。結果的には幸せな生活に恵まれているから、それでよかったといえる。だが、2児の母となった今、親としての観点から振り返ってみれば、それは確かに大胆な生き方だったと認めるしかない。男だったら、同じ生き方を選択しただろうか。

西神戸で海沿いの舗道に立ち、来た道を心の中で辿る傍ら、ふと母親の顔を覗かせる。一男一女の母として、いつしか、息子と娘の生き方にジェンダーの違いゆえのギャップを思い知らされることになるのだろうか。

赤い灯りをまとった東京スカイツリー

赤い灯りをまとった東京スカイツリー

12月 X 日

また、この季節に巡り会えた。クリスマスのイルミネーションが、丸の内の石畳を、銀座の交差点を、表参道の並木道を照らし出す。早くもイブの気分に酔いしれるかのごとく腕をからめて歩く恋人たち。カメラを前にVサインを掲げて笑いかけるグループ。プレゼントだろうか、雑貨店で、サンタや天使をかたどる愛らしい小物を手に取り吟味する女性。いつもは無機質なコンクリートの街でさえ特別な化粧をまとい、その色鮮やかさに心も躍る。もっとも、日本だろうがアメリカだろうが、ホリデーシーズンの華やぎは、どこか哀しさも漂わせるものだ。でんとそびえ立つ巨大なツリーを仰ぎ見、その光に頬を照らされながら、「心の中まで照らし出してはくれないものか」とかなわぬ願いを胸に溢れさせる人もいるのだろう。

ひとつ、またひとつ。闇が舞い降りた街に灯りが灯り出す。私が勤務するビル街もクリスマス化粧に覆われ出した。光の渦が舞う中、戦士たちは今夜も駅までの道を辿る。郊外の家やマンション、社宅では、彼らの妻たちが鍋物の準備を始めたり、洗濯物をたたんだりしているのだろうか。「パパ、いつかえってくるのお?」ミニカーで遊ぶ手を休めて、幼子が聞くのだろうか。勉強部屋では、模試を目前に控えた受験生が英単語の暗記にいそしむのだろうか。Japan, Inc. を軸に展開する、それぞれのドラマ。どんなにささやかな物語であっても、そのひとつひとつを結集すれば、どんな小説よりも力強く読み応えのある本が完成するかもしれない。戦士たちに紛れて、私も駅までの道を歩く。感謝祭が終わり、遠くシアトルでも、ホリデー・シーズンの華やかさが街全体を際立てていることだろう。師走の夜空の下、高層ビルの連なりの向こうに、スペースニードルを思い浮かべる。帰りたいな。そんな想いを追いやるかのように、年越しプランを心の中で反芻し、気分を盛り立ててみる。今年もあと一ヵ月。がんばって、いい締めくくりにしようじゃないの。ガタゴト、ガタゴト。山手線に揺られながら、自らに励ましの声をかける。窓越しに流れる東京の夜景は、こんなに美しく、こんなに切ない。

掲載:2013年12月

お断り:著者は、一個人として、また弁護士として、プライバシー尊重という理由に基づき、当コラムで扱う人物名や場所名、または設定などにおいて、ある程度の内容変更を余儀なくされる場合があります。御了承ください。

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