MENU

第37回 森の中で

  • URLをコピーしました!

著者プロフィール:神尾季世子
弁護士として、雇用法を土台としたコンサルティング・ビジネスに携わる。ライターとしても、雇用法、移民法、憲法、遺産相続など幅広い分野において執筆。代表作は GLOBAL CRITICAL RACE FEMINISM: AN INTERNATIONAL READER (2000, New York University Press)に収録された。フィッシュ・アンド・リチャードソン、モリソン・フォースターなど日米の国際法律事務所で訴訟関連プロジェクトに関わる。連絡先は、info@kamiolaw.com。当コラムのタイトルにある「プロセ(Pro Se)」は、ラテン語で “on behalf of oneself” という意味であり、弁護士を雇わずに個人の力で訴訟を起こす原告を指す専門用語。「自力で道を拓く」という私的解釈により著者の好む言葉である。

6月 X 日

緑色の風が吹き抜けるようだ。静寂の中、夏草の匂いに鼻先をくすぐられながら想う。小さな滝が白い飛沫を散らす。あめんぼたちが軽やかに水面を舞う。豊かな樹林に囲まれ、小川のせせらぎを背景に、娘がメヌエットを奏でる。ここは、文字通り東京のど真ん中、永田町。国会議事堂の前に拡がる公園へと娘を連れ出し、戸外でのバイオリンの練習となった。シアトルでは夏が訪れるたび、ピクニックがてらに子供たちと戸外へ飛び出しては公園やビーチなどで練習をさせる。「がんばってるね。今度、ニューヨークにでも行って大道芸人に挑戦してみたら。」そんな風に声をかけてくれる「観客」までいる。お世辞とは百も承知だが、そんなコメントも小学生にとっては良い励みになるものだ。でも、場所が変わって東京ではどうだろう。野外での楽器演奏など、眉をしかめる人もいるかな。そんな危惧もあった。だが、幸い、国会前は人影薄い地だ。これだけ美しく、しかも静かな公園なのだから、デートにもうってつけだと思えるのだが、日比谷公園あたりに比べれば知る人は少ない。何はともあれ、世界有数の大都市でありながら、その中心部でこれだけ豊かな自然を堪能できるとは幸運だ。永田町は整備が行き届いた土地だけに、その自然もとどのつまりはお行儀の良い、人工的なものでしかない。ワシントン州の雄大な自然を満喫してきた人間には物足りなさも少し残るとはいえ、やはり私はここが好きだ。彼方に見える紫の紫陽花が、緑滴る世界にアクセントを添えるかのように、その存在を主張する。梅雨空が拡がる東京に、娘の手を引き降り立った。(息子はひとまず夫と留守番を決め込んだ。)だが既に暑さが募り出していた昨年とは異なり、まるでシアトルを彷彿とさせるような涼しい天気に見舞われ、カーディガンを羽織る日も少なくない。一方で、時は躍動の季節を目がけ疾走を始めている。靖国神社では、恒例のみたままつりに向けての準備がなされ、児童館に貼り出された予定表にはお化け屋敷という文字がある。小学校の室内プールでは水泳の授業が既に始まっており、プールバッグを提げた子供たちが傍らを駆け抜けていく。

国会議事堂前の緑溢れる公園

国会議事堂前の緑溢れる公園

6月 X 日

きれいだなあ。ソフィア(上智大学の英語名)の学生食堂でアイスクリームを食べながら、うっとりとする。友人と談笑する女子学生の丹念にブローされ艶やかに光る髪や、目の前のパスタには手をつけず、ミニぬいぐるみさながらのストラップをぶらぶらさせた携帯電話をいじる学生が羽織る透かし編みのボレロに視線を奪われる。ホテルニューオータニの日本庭園を訪れた後、同じ紀尾井町にあるこの大学に辿り告いだ。「すてきなおねえさんばっかりだよねえ。」傍らでジュースを飲む娘に向かい、しみじみと呟く。UW あたりの学生とは比較にもならない、お洒落な女性が多い。いや、ソフィアというよりも東京という土地自体がそうなのだろうか。地下鉄で前に座った女性のネイルアートの巧妙さに感嘆したり、幼稚園の送り迎えをする母親がワンピースを着こなし、すっと背筋を伸ばして歩く姿に見惚れたり。そんなことは日常茶飯事だ。それにしても、ソフィアの女子学生は初々しい。女性というよりも、女の子と呼ぶ方が似つかわしいように思う。私が年をとった証拠ともいえるが、そればかりとも言えない気がする。高校卒業を転機として自らの人生を切り拓くべく独り立ちするアメリカ人の学生に比べ、日本の大学生にはあどけなさが尾を引く。朝は母親が味噌汁をよそってくれ、「ほらほら、急がないと電車に乗り遅れるわよ」と背を押してくれる。そんな情景が彼女たちの後ろに見え隠れするようにさえ思う。中には、家族から離れ下宿先で自炊生活を営む学生もいるだろうに。なぜだろう。「ミス・ソフィア・コンテスト出場者大募集。」「フラダンス、始めませんか?」 若さ弾けるキャンパスで掲示板を埋める文字を眺めながら、娘の手を引いて歩いた。

上智大学のキャンパスで見かけた掲示板

上智大学のキャンパスで見かけた掲示板

6月 X 日

「ぼくはさ、アメリカの方がいいよ。」PC のスクリーンは、息子のしかめっ面を映し出す。「日本には行きたくない。」彼はそう言い張る。シアトルの自宅から海を超えてスカイプのビデオ電話で話す彼は、日本行きを拒絶する。「そりゃ、無理もないよね。気持ち、わかるなあ。」先日、相談相手になってくれた女友達が呟いた。ニューヨークで暮らした経験を持つ彼女には中学生の息子がいる。「日本って何かと窮屈な国じゃない?彼の性格を考えると、確かにアメリカの方がいきいきと生活できそうだよね。」彼女の言葉が胸に染み入る。「日本にはねえ、おいしいものがいっぱいあるよ。ガリガリくんアイスにもフレーバーがいっぱいあるしさあ。このまえ、チョコチップあじのをたべて、おいしかったよお。あのね、ローソンでうってたの。そうそう、ぎんざのふじやへもママがつれてってくれてさあ。ミルキーのあじがするパフェをたべたよお。」一段とおしゃまになった娘が、PC のスクリーン越しに兄に向かって、身振り手振りを交えては饒舌に語り出す。彼女の目下の自慢のお菓子は、パスタの形をしたグミである。マンゴー味もあれば、グレープフルーツ味もある。「おいしいよお、これ。」わざわざ戸棚から取り出してきたグミの袋をひらひらとかざしてみせる。8歳児の単純さが親には有難い。これが、11歳ともなると一筋縄ではいかない。「アメリカの方が向いてるんだ、僕には。」彼は頑強に主張する。自己の世界を確立しつつある息子。成長の証と喜ぶべきか。「この週末、うちに遊びにおいでよ。」親友からメールが届いたと報告し、そそくさとビデオ電話を切ろうとする息子のクールな表情を凝視する。私とて、彼の気持ちが理解できない訳ではない。いや、実は痛い程にわかるのだ。それだけに、つらい。グミを食べる娘の横で、溜息をついた。

7月 X 日

「こりゃ、サラリーマンの森だね。」かつて息子がこともなげに言った言葉が、赤坂見附の交差点で胸をよぎる。「的を得た表現!そのタイトルで、ちょっとしたエッセイでも書けそうだよね。」私は大きく頷いた。ワイシャツに黒いスラックス。首からぶら下がるのはカードキー。ちょうど昼食時だからだろう、申し合わせたように同じスタイルの企業戦士の大群に囲まれる。これから定食屋の暖簾をくぐる人もいれば、コンビニでお弁当を買う一群に加わる人もいるのだろう。法務部長も営業課長も、そして新入社員も、ひとときの休息を堪能すべく戦士の「鎧」を脱ぎ、和らいだ表情を浮かべ、梅雨空の下を闊歩する。そんな気がしてならない。信号が変わり、一斉に足を踏み出す彼らの無言の背を見つめながら、赤坂の繁華街へと繰り出す。今日は暑くなりそうだ。

7月 X 日

青々とした畑を背景に、瓦屋根の家が立ち並ぶ。懐かしい風景を窓越しに映し出し、タクシーは鳴門のホテルに向かって走る。運転手さんが言った。「田舎に住むのも、若いうちはいいけどね。年をとったら、きつくなるよ。ちょっとした買い物に出るのでさえ車を運転しないといけないしね。」市内で生まれ育ったという彼は、しきりと 「年をとると、田舎はきついよ」 と繰り返す。出張で四国への旅に出た。到着したホテルはこじんまりとした旅館のようでもある。まだ7時頃だというのに、ホテルの脇の大通りに立ち並ぶ店は殆ど閉まっている。夜風に吹かれつつ界隈をそぞろ歩き、ローカルの店で独りきりの食事に舌鼓を打つことを心待ちにしていたのに。肩をすくめる。チェックインを済ませ部屋に辿り着くやいなやスーツを脱ぎ、ジーンズにサンダルという姿で勇んで外に飛び出したものの、結局は踵をかえす羽目となる。ホテルのロビーにある小さなレストランで魚の定食を注文した。食事を待つ間、頭上のテレビに映し出されるクイズ番組をぼんやりと眺めていると、テーブルに置いたアイフォンから軽やかな音が流れ出す。「ママー。ホテルのおへや、どんなかんじ?」「おみやげ、かってくれたあ?」 生まれて初めて所有する携帯から自慢げに電話をかけてきた娘が、矢継ぎ早に質問をする。白い携帯に飾られたペコちゃんのストラップを思い描きながら、明日のフライトは何時に羽田着だったろうと思い返した。

都心のビル街に彩りを添える紫陽花

都心のビル街に彩りを添える紫陽花

7月 X 日

「乗るんですか、お客さん。」苛立ちを含ませた声で、背後から駅員が尋ねる。車内でもみくちゃにされた通勤客が今にも溢れ出んばかりの通勤電車に足がすくみ、私はプラットホームに呆然と佇んだままだ。どうすればいいのだろう。次の便まで待つべきだろうか。シアトルからのおのぼりさんは途方にくれる。「ラッシュ時の JR 山手線は乗車率200パーセント。」そんな記事を来日前に読んだ記憶がある。まさにその200パーセントを目のあたりにしているという訳だ。「あのう、がんばってみます。」ようやく声を発した私に、駅員が言う。「いきますよ、お客さん。」ぐいっとばかりに、彼は容赦なく私の背を押す。いや、押し込む。直後に、ドアがぴしゃりと閉じる。山手線は有楽町駅を発つ。暑い。いや、暑いなんてものじゃない。黒いジャケットの下、シャワーを浴びたばかりの体は汗だくで火照っている。 ようやく電車を降りれば降りたで、また、人・人・人。汗を拭き拭き、その合間を縫って歩こうにも、足がもつれ上手くいかない。おのぼりさんは自らの不器用さに苦笑を漏らす。「ママ、サラリーマンの森だね。」息子の声が耳に響く。そう、森の中で私は暮らし、働いている。「僕にはね、そんな生き方はできないんだよ。」シアトルの男友達 M がしみじみと呟いた言葉を思い出す。「背広を着て、毎日決まった通勤電車に揺られ、係長・課長・部長と出世階段を上る。そんなサラリーマン人生はゴメンだね。」いわゆる脱サラの経験者でもある彼は、試行錯誤を繰り返した挙句にシアトルを起業の地として選び、ささやかながらも成功を獲得した。M の背後には、エメラルドシティの樹林が似合う気がする。私自身は、どうだろう。緑滴るシアトルと、超高層ビルがそびえ立つ東京。その両方が背後にあって欲しいとひそかに願う自分は、単に欲張りなのだろうか。汗でぐっしょりしたかのように見えるジャケットを脱いで手に抱え、ノースリーブのワンピースでオフィスへと歩く。前にも後ろにも、そして横にも、「同志たち」が歩いている。ビルのロビーに入り、バッグの前ポケットからカードキーを取り出す。森には森のよさがあると思うよ。私はここで私なりに楽しく暮らしているよ。もっとも、駅員さんに背を押されるのだけは大嫌いだけどね。エレベーターを待つひととき、シアトルの M へと心の中でメッセージを送った。

掲載:2012年7月

お断り:著者は、一個人として、また弁護士として、プライバシー尊重という理由に基づき、当コラムで扱う人物名や場所名、または設定などにおいて、ある程度の内容変更を余儀なくされる場合があります。御了承ください。

  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ