第27回 シアトル日本人街(日本町)

筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

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写真1:South Main Street を東に向かって眺める。手前に看板のないレストラン 『つくしんぼ』 が見える

ダウンタウン・シアトルの東南端、インターナショナル・ディストリクトの北側にある日本人街(俗称・日本町/Nihonmachi)は、1930年代の全盛期には人口8,500人からなる、活気のある街であった。当初、街の範囲は東端が 4th Avenue から西端が7th Avenue まで、北端は Yesler Way から南端は South Charles Street まで広がり、商店、食堂、ホテル、学校、劇場、銭湯、コミュニティ・ホール等がひしめいていた。この地区は19世紀半ばに最初の入植が行われ、その半分ほどはピュ-ジット湾であったところを埋め立てて面積を広げ、現在のブロックができたという。第二次世界大戦時の日系人強制収容で、この地区の全ての日系ビジネスが姿を消し、戦後も日本人街は以前のような活気を取り戻すことなく、その多くの歴史的建物はコンクリート造のアパート建築に取って変わられてしまった。1973年、アジア系アメリカ人グループの努力によって南側のインターナショナル・ディストリクトとともにようやく特別景観地区に指定され、歴史的建造物は保存されているが、当時の日本人街を思わせるのは、South Main Street を中心とした5th Avenue から Maynard Avenue までの2ブロックのみになってしまった(写真1)。

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写真2:パナマ・ホテル全景。角のイチバン・レストランは2010年に閉店。隣のギャラリーも去年に閉店。現在両スペースとも空きのままで活用されていない。

South Main Street の東寄りにあるパナマ・ホテルは、地下に 『橋立湯』 という築80年の公共銭湯がそのまままだ残っていることで有名だ(ツアーに参加すれば見学可)。1910年に日系人建築家サブロー・オザサによって建てられたレンガ外壁、擬似古典様式、地上5階建(一部6階建)のこのホテルはもともと日本からの入植者または来訪者に利用された廉価ホテルであったが、1985年にジャン・ジョンソン氏が買い取り、精密な修復と改築の結果、現在は101室の客室と通りに面した趣のあるコーヒーハウスのあるシアトルの観光名所のひとつになっている(写真2)。

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写真3:エヌピー・ホテル全景。入り口左側にあるレストラン 『まねき』 は、創業100年の老舗。

その南側にパナマ・ホテルより外壁の装飾が多い古典様式の地上6階建のエヌピー・ホテル(エヌピーは NP で、ノーザン・パシフィックの頭文字)がある。南側の壁にはゴースト・サインと呼ばれる歴史的に保存されたペンキ塗りのスーパーグラフィック看板があり(『第1回 歴史的な看板と歴史を感じさせる看板』参照)、現在はアパートとして使用されているため自由にロビーに入ることはできないが、外から見た限り内装などに当時の面影がまだ残っている(写真3)。

その向かいには、入口正面にギリシャ神殿式破風を持つ2階建の独立した建物がある。現在は歯科医院として使用されているこの建物は、大戦前までは日本人移民者を対象にした英語学校であった。6th Avenue の坂を下り、Jackson Street を東に入った北側に Kobo at Higo という美術系ギャラリー・ストアがある。もともと肥後出身の日系家族が80年前に始めた雑貨屋(ヒゴ・バラエティ・ストアと呼ばれた)の歴史的スペースを保存しつつ、美術品展示を含めた、装飾品の展示販売をしている。その奥には肥後雑貨屋で売られていた年代物の商品や家具が展示されているほか、向かいのブッシュ・ホテルの改装で運び込まれた木製ブースでは往年の日本人街の様子がわかるミニ・ドキュメンタリーをモニターで鑑賞できる(写真4)。

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写真4:Kobo at Higo と Momo

South Jackson Street を東に向かって半ブロック行き、路地に入って坂を半分ほどあがったところに、現在建設中のヒゴ・ガーデン(またはチヨ・ガーデン)と呼ばれるポケット・ガーデンがある。ここはもともとヒゴ・バラエティ・ストアのオーナーの庭であったが、国からの補助金をもとに歴史保全を目標に再開発が行われ、シアトル出身アーティスト、ルミ・コシノ氏(現在はサンフランシスコに在住)の設計をもとに4月の竣工に向けて建設が進んでいる。こけしのように着色された10個の木製ベンチのうち、デッキの対面にある4つの赤と青に着色されたベンチは、ヒゴ・バラエティ・ストアのオーナーの4人の子供達を象徴している(写真5)。

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写真5:ヒゴ・ガーデン、現在まだ建設中。

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写真6:ニッポンカン・シアター全景、建物左端にNippon Kan Theaterという文字が見えるが、現在はオフィスとして使用されている。

現在、建築的にシアトル市内で人気の高い商業地区同様、日本人街は歴史的建物がまだ現存し利用されていること、立地条件としては、パイオニア・スクエア、ダウンタウン、センチュリーリンク・フィールド、セーフコ・フィールドに隣接していること、そしてアクセスの面では高速道路インターステート・フリーウェイの出入口やキング・ストリート駅から近く、シアトル・ストリートカーと呼ばれる路面電車も今年中に Jackson Street からキャピトル・ヒルまで開通すること、さらに、駐車スペースは路上・有料パーキングも十分にあること等を考察すると、一見すると人気のないこのブロックも、オールド・バラードやキャピトル・ヒルのように、商業的に飛躍する可能性が大きい。現在、その条件として欠けているのは、定住人口を増やす集合住宅(コンドミニアムやアパート)、オフィス・スペース、レストランや衣料関係の商業施設、映画館等ではないだろうか。これらの建築物を増やす一つの手段としては、現存する青空有料駐車場を開発して、地下に多層階の公共駐車場を備えた高層集合住宅もしくはオフィスビルを建設し、地区人口を増やしつつ、現在使用されていないテナント・スペースに商業施設を優先的に誘致し、オフィスビルに改装されたニッポンカン・シアター(写真6、サウス・ワシントン・ストリートと6th Avenue 交差点)を映画館として再開発することではないだろうか。

掲載:2014年2月

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