MENU

第25回 住宅地における前庭-フロントヤード

  • URLをコピーしました!

筆者プロフィール:松原 博(まつばら・ひろし)
GM STUDIO INC.主宰。東京理科大学理工学部建築科、カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築大学院卒。清水建設設計本部、リチャード・マイヤー設計事務所、ジンマー・ガンスル・フラスカ設計事務所を経て、2000年8月から GM STUDIO INC. の共同経営者として活動を開始。主なサービスは、住宅の新・改築及び商業空間の設計、インテリア・デザイン。2000年4月の 『ぶらぼおな人』 もご覧ください。

25_1

写真1:芝生のある典型的フロントヤード

筆者が子供のころ、アメリカから輸入され放映されていた白黒のドラマ番組を見て最も印象に残っていたのが、画面のなかに見える広々とした通りと、それに隣接してさらに広大な住宅地の前庭だった。

車が一台通るのが精一杯なくらい幅が狭く、塀越しの台所で母親達が用意する夕食の味噌汁の匂いが充満する通りで毎日遊んでいた当時、テレビの画面の中で車が何台も駐車できるくらい大きな前庭はとても異様に見えた。

25_2

写真2:石垣と植栽の混合したフロントヤード

この広々とした米国の前庭の歴史の由来は、実は中世スペインを中心とした、その地方のコートヤード(courtyard)まで遡ると言われている。通りに面したコートヤードは、塀と建物で挟まれた空間で、この形式がヨーロッパ全体にも伝播し、フランスやドイツでは宮殿様式を模倣して、その塀が取り除かれ、現在米国にある前庭という形式になったようだ。

 

25_3

写真3:石塀のあるフロントヤード

シアトル市都市法(Seattle Land Use Code)の中で、一般住宅地ゾーン(Single Family Zone)の前庭(以後、フロントヤード)に関しての規則を調べてみると、敷地全面から最低20フィート(約6.6メートル)内は、塀を除いた構造物を置くことはできないと規定してある。米国内のどの街の住宅街を見ても同じように、シアトル市内の住宅地でもこの都市法のおかげで、どの建物も一定して通りからセットバックされ、フロントヤードと呼ばれる空間があることに気づく。

シアトル市の場合、よく見るとこのフロントヤードも4つのパターンに分けられる。

1番目は、伝統的な芝生中心植栽型だろう(写真1)。19世紀の終わりごろから郊外型住宅の理想として米国全般に定着したこのパターンは、今だに人気のスタイルだ。米国全体で一年間に300億ドル近くが芝生のメンテナンスに費やされている事実も見てもわかるとおり、「フロントヤード=芝生」という発想は、多くのアメリカ人に受け入れられているようだ。

2番目のパターンは大庭型と言える、植栽・石垣・低木の混合したものだ(写真2)。シアトル市は土地の高低が激しく、特に通りと建物の建つ地盤面の高さが違うため、石垣を多様して高さを調整する必要のあるフロントヤードの場合、平らな地面に生える芝生は植えにくく、植栽または低木を多く活用することがある。

3番目は、敷地線一杯に塀を建てて、敷地内部が見えないパターン(写真3)。これは多くの場合、隣接した通りの人通りが多く、フロントヤードのプライバシーを保護したい場合や、交通量が多くて雑音を防止する必要がある場合が多いようだ。

4番目として、前庭菜園というパターンがある(写真4)。そもそも裏庭にあるべきものが、日照の好状況・土地の有効活用という見地から、フロントヤードに野菜畑をつくる市民も少なくなくなってきた。

25_4

写真4:野菜畑のあるフロントヤード

米国全体の標準からすると、この前庭菜園はまだマイノリティのようで、各地の前庭菜園オーナー達は、近隣住民からの冷たい目と、市の都市法部からフロントヤードにどのような植栽をどの位の高さに植えなければならないかという規則を盾にして撤去催促を執拗に受けているという話をよく耳にする。

気になったので、シアトル市の都市法部の担当者にフロントヤードで野菜園を作ってよいか確認してみたところ、「特に禁止する条項はない」と言われ、さらに調べて見ると、シアトル市交通局が敷地と通りの間にある歩道(sidewalk)に野菜畑を作る場合の規則を用意していることがわかった(写真5)。

25_5

写真5:路肩(Sidewalk)野菜畑の例

フロントヤードは米国郊外型住宅地のシンボルと言えるだろう。個人主義が進んでいると言われる米国の中で、このフロントヤードはある意味で、公共空間の要素も含んでいる。前述の前庭菜園オーナーが近隣から冷たい目を向けられる一つの大きな理由は、芝生で統一された街並が一つの野菜畑によって崩されると、その地域の不動産価値が下がると思われているところにある。そういった意味で、フロントヤードは単なる敷地と建物の個人的空間ではない、街区に属する公共3次元空間と言ったほうがいいかもしれない。

掲載:2013年10月

  • URLをコピーしました!

この記事が気に入ったら
フォローをお願いします!

もくじ