加柴司郎さん (寿司職人/レストラン経営)

1966年にシアトルに移住し、シアトルで初めて伝統的な江戸前寿司を出した加柴司郎さん。現在は全米にその名を知られる存在となっています。その加柴さんにお話を伺いました。
※この記事は2006年1月に掲載されたものです。

加柴司郎(かしば しろう)

1966年 渡米 「TANAKA」勤務
1970年 「まねき」勤務
1971年 「日光」開店
1987年 「日光」売却
1994年 「しろう寿司」(Shiro’s)を開店
※加柴さんは2014年4月にしろう寿司を引退。2015年11月に 『Sushi Kashiba』 を開店した。

渡米

寿司の道に入られたきっかけを教えてください。

出身は京都なんですが、幼いころから江戸前の寿司屋が好きでね。あの威勢の良さに憧れまして、「寿司屋になりたい」と考えてたんです。でも、両親が「高校は出ておきなさい」と言うものですから高校にも行き、その後はどうしても東京へ行って江戸前寿司を修行したいと思いました。でも、家族や親戚には寿司関係の人がいない。さてどうしたものかと思っていたところに、京都の清水焼の関係で東京に勤めていた知人が銀座にある超一流の店を紹介してくれ、小僧として入ることができました。そこで6年半ほど修行しました。

渡米はどのようにして決まったのですか。

幼いときから「外国にも行きたいなぁ」という思いもあったんです。外国に行ったことがない父が、子供4人兄弟のうちの1人は外国に行かないといけないという話をよくしていましたので、そういうことが影響したのかもしれませんね。でも、やっぱり自分自身が外国が好きなんですね。それもアジアではなく、西洋が好きなんです。そういうことで、東京で修行している間にも、外国に行くチャンスがあればと、アメリカの日本食レストランに手紙を書きました。コネクションもなにもなかったから、自分で調べてね。そこで偶然、シアトルのインターナショナル・ディストリクトで「TANAKA」というレストランを経営されていた田中さんご夫妻が、私の手紙に目を留めてくださったんです。ご夫妻はわざわざ東京まで会いに来てくださって、渡米の話がまとまりました。

シアトルでの日本食

渡米後、すぐに寿司を握り始めたのですね。

私がシアトルに来たのは1966年12月1日。すぐに「TANAKA」で寿司職人として勤務を始めましたので、私がシアトルでは最も長い寿司職人です。「TANAKA」は普通の日本食レストランでしたから、すき焼きや天ぷらなども出していましたが、そこに初めて江戸前の寿司が登場したのです。カウンターがありませんでしたから、キッチンの中で寿司を作りました。しかし、2年半後にご主人の田中さんが突然亡くなられ、その半年後に奥様が店を売却することが決定し、私は今の「まねき」で働くことになりました。その前に2-3ヶ月ほどでしたが、アメリカの日本食を見るため、ロサンゼルスにも行ってみましたよ。日本料理店をあちこち周り、いろいろ勉強になりました。そして、シアトルに戻ってから、「まねき」でシアトル初の寿司カウンターを作ったんです。今の「まねき」でもその寿司カウンターがそのまま使われてますよ。

当時のシアトルでの日本食はどういった感じだったのでしょうか。

1968年~1970年当時のシアトルでは、日本の料理屋で働いた経験がある人ではなく、日本から来た移民の方やその子供さんなどが料理を作っている、つまり日本で家族が経営している食堂のような感じでした。そこで家庭的な料理から巻き寿司などを作っているということですね。でも、私は日本で修行しましたから、伝統的な江戸前寿司を食べてもらおう、できるだけ新鮮な魚介類を使おうとしてました。もちろん、本場の江戸前とシアトルでは魚介類の種類が異りますが、極めて新鮮な魚介類を使うという江戸前のコンセプトに従って、私は地元の食材を使うようにし、それは今でも続いています。シアトルは昔から地元でとれるものがたくさんあります。例えば、クラム(ハマグリ)やグイダック(ナミ貝の一種)もそうですし(当時は貴重でした)、スメルトなどもそうです。「地元の新鮮なものを」と考えていた私は、ミル貝やスメルトなどを寿司で出しましたが、これはシアトルでは私が最初だったと思います。なぜかと言うと、他の方はそういった食べ方も知らず、クラムはクラムチャウダー、スメルトはスモークかフライにしてしまうだけで、大変もったいないです。

それでは司郎さんの伝統的な江戸前寿司はとても人気が出たのでは。

伝統的な江戸前寿司というのは、私が来るまではありませんでしたから、日本の銀行・船会社・商社などで働いておられる方が毎日たくさん来られて、行列になってしまい、大変忙しかったですよ。また、ワシントン州は当時、木材や航空関係の景気が良く、その業界にお勤めのアメリカ人が出張先の日本で寿司を食べたと言ってひっきりなしに来られました。また、戦争花嫁と呼ばれる日本人女性のご主人のアメリカ人、そして、学校関係の方もよく来られていました。しかし、「まねき」の寿司バーは6~7席しかありませんでしたので、毎日が行列だったのです。

日本食の移り変わり

昔と今とでは日本食も大きく変わってきたのではないでしょうか。

今は誰でもレストランで和食のようなものを出し、寿司でもフュージョンと言いますか、昔は考えられなかったようないろいろな具を巻いたものなどが、出てきていますね。このフュージョンが出だして、アメリカの寿司の体質が変わってきたんじゃないでしょうか。寿司はもともとは生ものですから、「健康食」という意識がアメリカでは大きいですよね。これが寿司ブームを生んだ1つの理由だと思います。でも、今は寿司と言ったって、マヨネーズだのスパイスだのを入れて、油で揚げたものをクルクル巻いて、本当の健康とは相反するものが出ています。寿司飯の中にだってどれだけの塩と砂糖が入っているか・・・そんなことはみんな全然知らないんですね。その上にいろいろなものを入れ、何を食べてるのかわからないようなものを食べて、これじゃあ本当の寿司ではない。ですから、フュージョンなんです。私自身は伝統的な江戸前を出したいという気持ちでやってますが、商売柄、フュージョンを求めるお客さんには、作ってさしあげられるようにしています。

苦労されていることはどのようなことですか。

好きで入った道でしょう?おいしいものを食べたら、お客さんが喜んでくれる。それが非常に嬉しいんですよね。日本なら築地へ行けば新しいものがいろいろ簡単に手に入りますが、こちらではそうはいかなかった。ですから、いかに魚を集めるかというのが苦労と言えば苦労でしたし、だからこそ見分ける修行をした人でないとちゃんとしたものを作ることができなかったんでしょう。私は今でも毎日自分で買い物に行きます。ローカルのものをいかに集めてくるかを大事にしてますので、あちこちに寄ってね。じっとしてても、おいしいものは作れないんです。自分で苦労しながらでないと、あちこちでいいものを見つけて来ないと、作れない。今は日本をはじめとして、あちこちからいろいろなものがどんどん輸入されてきますし、卸売業者が持ってきてくれます。でも、そんな誰でもできるようなことなら、同じことしかできない。人と違うものを出すには、それだけの努力が必要なんでしょう。

司郎さんの寿司は、地元だけでなく、全米で高く評価されていますし、これまでもジェームズ・ビアード賞に2度もノミネートされていますね。

私の店に来られるアメリカ人は、日本の伝統というものに対してとても敬意を表してくれます。ですから、誰かがその伝統を守らなくてはならないと思っています。ただお客さんの好みで何でも作るというのではなく、1つのポリシーを持ったほうがいい、それが私の店では “伝統” なのです。今、私の店では板前が5人、全員が日本人で、日本で修業をした人が大半です。どのようなレストランでもどのような仕事でも同じだと思いますが、お客さんをいかに上手にさばくかは、用意をどれだけきちんとやるかにかかっています。買い物もその1つ。私が自分で買い物に出かけることによって市場を知ることができますし、思わぬ出物もたくさんありますし、コストを下げることもできます。

昔から商売は「商い(あきない)」と言いますね。つまり、自分も飽きてはいけないし、お客さんに飽きさせてもいけない。長く続かなくてはいけない。それにはやっぱり自分が満足できるものを出す、自分が食べてみておいしいものを出す、ということが大事です。それが通じるか通じないかはお客さんによります。お客さん個人も好みがありますから、全員に好きになってもらおうとは思っていません。でもそれを毎日ちゃんとやっていることで、ありがたいことにたくさんの方々にご来店いただいています。しかし、口で言うのは簡単ですが、どこまでできているか(笑)。でも、地元のお客様はもちろんですが、州外や国外からも、「シアトルに来て私の店に来ることを楽しみにしている」と言って来店される方がたくさんおられます。中には、おじいさん、その息子、さらにその息子、そしてその息子など、4世代にわたって食べに来てくれている家族もいます。とてもありがたいことです。

これからの抱負を教えてください。

寿司の商売は、上手にやっていければまだまだ伸びると思っています。ですが、私自身は伝統をつぶしたくありませんので、新しい店を開けるといった商売をすることはありません。一方で、ヘルス・デパートメントが生ものに対する規制をどんどん強めていますし、生の魚を入荷するコストもどんどん上がっています。これからは今まで以上に考えて、いろいろな工夫をしていかなくてはならないというのは事実です。でも好きで入った道ですから、考えるのは楽しいですよ。

掲載:2006年1月

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