安芸子・グラハムさん (Akiko’s Pottery 陶芸家)

安芸子・グラハムさん (Akiko's Pottery 陶芸家)

シアトルやサンフランシスコなどにある人気レストランで使われる陶器を制作している陶芸家の安芸子・グラハムさんにお話を伺いました。
※この記事は2006年11月に掲載されたものです。

安芸子 グラハム(あきこ ぐらはむ)

1986年 シアトルへ
1989年 陶芸を開始、現在に至る

【公式サイト】 www.akikospottery.com

シアトルに来られたきっかけを教えてください。

北海道の札幌で知り合った前の夫がスポケーン出身だったのが、そもそものきっかけです。最初の子供が1歳になった時、「ヨーロッパに住もう」と思い立ってある町に行ってみたのですが、1ヶ月ぐらい経って気が変わり、夫の両親に子供を会わせるためにワシントン州に行きました。もし気に入らなかったら日本に戻ろうと思っていたのですが、滞在中に2番目の子供ができたので、そのままシアトルに落ち着きました。シアトルは雨も多いですが、この気候が好きです。山もあり、海もあり、それほど大きい都市でもない。でも、今はだんだんと大きく成長してきてしまい、日本のようにビルがごちゃごちゃと建ち始めていますよね。個人的には、大きなビルがなかったころのシアトルの方がもっと好きでした。

陶芸を始めたのはいつですか。

陶芸を始めたのは1989年です。ちょうど3番目の子供が1歳になった頃でした。子育てのためにほとんど家にいましたから、なんとなく自分の時間が欲しかったのです。たまたま家に送られてきたパブリック・ハイスクールの夜間クラスのお知らせに陶芸のクラスがあり、「これをしてみようかな」と思い立ったのです。それまでは自分で作ったことはありませんでした。

クラスではどういったことを学ばれましたか。

みるみるうちに、とっくりが出来上がる

みるみるうちに、とっくりが出来上がる

自分ではろくろも回せませんでしたから、とても基本的なことから教えてもらいました。普段はマーサーアイランドの高校で教えているという先生がまず作って見せて、それから生徒が好きな物を作るという感じ。自分の時間ができるのが嬉しく、また、陶芸がとても楽しかったので、そのクラスは2年ほど履修し続けました。わからないことは先生に聞くことができますし、しまいにはろくろをシアトル・ポッタリー・サプライから借りてきて、子供が寝てから自宅でも制作するようになりました。2~3ヵ月後にはそのろくろも購入し、どんどん好きになっていったのです。手で何かを作るというのは、とても気持ちがいいものだと思いました。

それがどのようにしてお仕事になっていったのでしょう。

次はお椀

次はお椀

ある時、先生が「自分が教えているマーサーアイランドの高校に作品を持ってきたら、時間はかかるが一緒に焼いてあげるよ」と言ってくださったのですが、私はかなりたくさんの作品を作っていたので、「こんなに作ってどうするの?売れば?」と言われたんですね。そこでフリーモントのサンデー・マーケットに出店することになりました。まだマーケットが始まったばかりのころです。それから1年ぐらい経って、前の夫が「こっちの人は4人分のセットなどでまとめて買うから、セットを作ればいいのに」と言ったことがきっかけとなって、同じコップや同じ皿などをセットで作り始めました。「レストランに売り込めば」とも言われましたが、「そんな人様が食べるものを置くお皿を、まだ素人の私が作るなんて」という気持ちがありました。でも同じ物を作ることはとても勉強になりますし、やはり自分で開拓しなくてはと思い立って、レストランへの売り込みをスタート。今でも自分で売り込みに行きますが、レストランはいつも注文があるわけではないので、常に新規開拓が必要です。相手がどういう人かわかりませんから、最初は営業に行くのも億劫でした。どういったものを必要とされているかわかりませんからサンプルを選ぶのも困りましたし、嫌な顔をされたり、最初から「いらない」と言われたらどうしようと考えたり・・・。でも今はもしそういう対応をされても「あ、じゃあ次に行こう」と思えるようになっています。

安芸子さんが制作されたお皿は、ダリア・ラウンジやカスカディアといった日本食ではないレストランでも使用されていますね。

レストラン向けに、同じ物をたくさん作ることもある

レストラン向けに、同じ物をたくさん作ることもある

ダリア・ラウンジの経営者、トム・ダグラスさんが私の陶器を見にフリーモントで私がやっていたレ・デュックという店に来られたのは私が店をやめた後だったのですが、その後に電話で売り込みをかけたところ、すぐにいろいろ購入してくださいました。トムさんはシェフをとても信用しているので、シェフが作りたいものに合う食器を注文させるようです。とてもフレキシブルな方ですね。

ビジネスは安定されていますか。

スモール・ビジネスというのは、努力し続けなくてはなりません。黙っていては売れませんし、売れなければビジネスになりませんので、前述の通り、常に新規開拓が必要です。シアトルだけでは限られて来てしまいますので、他州にも目を向ける必要がありますね。そこで、ここ数年は1年に1度はカリフォルニア州のナパ・バレーやサンフランシスコ周辺に出向いて注文を取ってくるようになりました。やはり新しいところに行くと勉強になります。フレンチの影響を強く受けているナパ・バレーのレストランでは “白いお皿” が基本となっており、まだ手作りの食器を使っているところが少ないんです。最初は手作りの食器に対する反応はシアトルとは違っていましたが、今は「あ、こういうのがあるんだな」と、注文していただけるようになりました。和食がだんだん広まってきたことに助けられているようにも感じます。フリーモントで売り始めた当時、四角いお皿やおちょこを売るのはとても大変でしたが、今のシアトルはいろいろな料理が入ってくるようになり、特に日本食が増えているところですから、需要も高まっているのかもしれません。雑誌を見ても、長い四角のお皿など、これまでなかったものが使われているのを見かけますよね。私の陶器は土も色も体に有害なものが入っていません。そうなると、やはり手作りの方が食べてても安心しますね。食べ物と食器が離れていないような感じを受けるのです。

今はクラスをされていますが、どういった感じですか。

最初は真ん中に土を置くことも難しいとか

最初は真ん中に土を置くことも難しいとか

今クラスに来ている生徒さんは1人を除いて全員が社会人で、お仕事を終えた後に来られています。1997年ごろに、「教えて欲しい」と女性から電話があったのが初めてです。お客様の中にも教えて欲しいという方が来られて、教えるようになりました。そして2~3人に教えるようになりましたが、生徒さんがずっと続けて来てくださるので、今は1~2人という少人数のクラスで、合計6~7人の方に教えています。最初の頃は自分で作っている方が楽しかったのですが、だんだんと教えることにも慣れ、クラスのやり方も工夫するようになりました。生徒さんも自分が没頭できるクラスを求めて来られるので、私も生徒さんも黙って作り続けていることもあります。最初はコップから作るのですが、最初からお皿を作りたいという人はお皿から教えています。作品を作れるようになるまでの時間には個人差があります。真ん中に土を置いてろくろを回すという基本的な作業がすぐにできる人もいれば、できない人もいます。私の場合は、8回目のクラスでようやくできるようになったぐらいです(笑)。生徒さんたちはマイクロソフトやボーイング、レストラン経営者などさまざまですが、みなさんが「何もかも忘れて、何も考えずに没頭できるのがいい」と言ってくださいますね。自分で粘土をコントロールしながら、自分を出していくものですから、陶芸というのは作品に作った人の人柄が出るんです。ですから、作品を見ただけで誰が作ったものかわかるんですよ。

これからの抱負を教えてください。

食器を作るのが好きですから、これからも新規開拓をしてビジネスを広げていくつもりです。カリフォルニア州でも私の食器を使ってくれるレストランを増やしたいですね。今の感じに満足というわけではないのですが、今の感じが好きなので、続けていければと思っています。

【関連サイト】
Akiko’s Pottery

掲載:2006年11月

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