21世紀型の教育 – シアトルで議論する新しい教育の形 (2/4)

『21世紀型の教育とは』 と題し、東北大学大学院情報科学研究科の堀田龍也教授、文部科学省の武藤久慶さん、そしてマイクロソフトの保坂隆太さんがワシントン州ベルビュー市の Bellevue Children’s Academy(BCA)で行った講演&ディスカッション。日本の教育の現場・最前線で新しい教育の形を模索、リードしてこられた堀田先生と武藤さんが日本の教育の現場で行われているさまざまな施策と課題を紹介し、その中でも特に注目されている課題がシアトルのIT業界の現場で注力されている企業文化育成の施策と、意外な共通点があることを発見するという、充実したものとなりました。

結論は、「無意識なものをどれだけ意識化できるかが、これからの教育のキーワード」。今回、講演者の一人である保坂隆太さんにこの催しの内容を再構成したものを4回に分けて連載していただきます。

21世紀型の教育

武藤久慶さん 『21世紀型の教育』講演

講演:文部科学省・武藤久慶氏(むとう・ひさよし)
中央大学法学部卒。在ブラジル日本大使館一等書記官。2000年文部科学省入省。ハーバード大学教育大学院(修士)卒。初等中等教育局などを経て、2010年より4年間北海道教育委員会に出向。義務教育課長、学校教育局次長を経て2014年教育制度改革室。2016年より現職。著書に『その指導、学級崩壊の原因です! 「かくれたカリキュラム」発見・改善ガイド』(横藤雅人共著 明治図書)がある。

日本の教育現場の課題への新しいアプローチ: 隠れたカリキュラム(Hidden Curriculum)

みなさん、こんにちは。ブラジルから24時間かけてやってきました武藤です。私はこれまでに学力のレベルに課題を抱える200校くらいの学校を回り、先生方とともに様々な課題に取り組みました。そうした学校に共通する大きな課題が今日ご紹介する「隠れたカリキュラム」というものです。

21世紀型の教育

大学のある授業における一コマ。この教室にある隠れたカリキュラムとは?

さて、隠れたカリキュラムとは何か、そのコンセプトを紹介するために、ある大学における授業の写真から話を進めてみたいと思います。

この写真はある大学の教室ですが、この授業は階段式の講堂で行われていて、生徒は先生の演台の左右にある入り口から教室に入ってきます。よくある光景ですが、大学では必ず遅れてくる人がいます。この先生は学期の初めに、「遅れた人は前に座りなさい」という指導をするわけですが、毎回授業に遅れてきて、毎回指導されているにもかかわらず、必ず教室の後ろに座る学生が出てきます。このような状態を教師が放置した場合、「教師の言葉は軽い、この教師は本気ではない」ということを学生たちに教えていることになります。当然ながら、これを続ければ教師は信頼を失ってしまいます。

教師が意図も意識もせずに教え続けている教育内容

カリキュラムとは、生徒にこうなってほしい、こういうことを獲得してほしいという目標・ゴールがあり、それを達成するために必要な学習項目や指導方法を組み合わせたものです。つまり意図がある、こうなってほしい、ということが明確になっているのがカリキュラムです。

一方、「隠れたカリキュラム」は、もともとアメリカの教育学者が提唱したもので、教育側が意図もせず、認識すらしていないうちに、なんだか別の(多くは望ましくない)態度や習慣を学んでしまうというものです。

隠れたカリキュラムだらけの教育現場

私が訪れた課題を抱えた学校はまさに隠れたカリキュラムだらけだったのですが、その中のいくつかの例を紹介してみましょう。

ある教室で3分間で自分の考えをワークシートに書くアクティビティがありました。先生は教室の中をまわっているのですが、よく課題を理解していない生徒がいるのでその生徒の横で指導をしている、すると終了の合図は5分50秒後になってしまいました。これが一日ではなく、毎日続いていたのです。

この現象を通して子供に教えていたことは何でしょう?時間の大切さ、時間を守ることの大切さが生徒に間違った形で教えられていた、伝えられていたかもしれません。

ほかにもいくつか見られた例を紹介してみましょう。

  • 朝の先生たちの打ち合わせが毎回長引いている学校がありました。この学校では授業開始時間になっても生徒が廊下をうろついているようなことが常に見受けられていました。
  • ある教室では生徒の持ち物が常に散乱し、かたづけられることがない。
  • 教室の床に鉛筆や備品が散乱していて、誰も片づけようとしない。

これらのことを通じてわかることは、こういった教室の環境がずっと生徒に働きかけ続けているということです。生徒はここから何か別のことを学び取っているかもしれない、ということです。

大阪教育大学の学長が次のように仰っていました。「勉強をするときにダラダラと規律のない形で学習するのならば、生徒がそこで身につけている、学習していることは本来学習するべき内容ではなく、ダラダラと学習するということも同時に学んでいるのではないか」。

こうした事に対して、指導してもなかなか直らないよとかいう声もないわけではないし、そう言いたくなる気持ちも分かるのですが、一点おさえておかねばならないのは、「指導をしない」ということは、それに対してYes、Noの価値判断をしていない、ということではなく、実は消極的に承認することで、その振る舞いや姿勢を追認する、結果的に定着、習慣化、することを後押ししてしまっているということなのです。

21世紀型の教育

乱雑な教室。教室には授業で教えること以外にさまざまな隠れたカリキュラムがある。

教室が常に乱雑になっているところでは、乱雑が当たり前になります。整理整頓ということを教えていない、逆にいえば、そこの先生は子供たちに間違った感覚を教えてしまっていることになります。

一方で、きちんとしている教室では、生徒は気持ちよく学習ができる、気持ちがいいという経験が学習されているので、生徒もいつもきちんとしようと心がける、というポジティブな学習が行われるわけですね。福沢諭吉は「徳教(有り難い教え)は、耳より入らず、目より入る」と説きましたが、BCAのような場ではこれが徹底されています。一方、課題を抱える学校ではこのことが軽んじられているわけです。

学校で学ぶ時間は意外に少ない – 家庭での学習・生活にも潜む隠れたカリキュラム

このように課題を抱えた学校では様々な隠れたカリキュラムが見つけられるわけですが、学校外の時間にちょっと目を向けてみたいと思います。

たとえば一つ例を挙げますが、秋田県 – 秋田県は常に学力テストなどでは全国でトップクラスです – あるアンケートの結果によれば家庭での勉強方法をしっかり教えている、そして家庭できちんと復習をしている時間が他県に比べて著しく高いことがわかりました。これはうまくいっている例ですが、秋田県の反対の状況にある地域が当然あるわけです。そのような地域では何が起こっているか、「習ったことを復習しないという習慣」を義務教育の9年間かけて教えてしまっているのではないかという見方も成り立つわけです。もしかしたら子供にとってとてもインパクトのある隠れたカリキュラムになっている可能性があるわけです。

わからないが続くことを、隠れたカリキュラムから見る

さて、この隠れたカリキュラムというコンセプトを通して、もう一つ学校現場のチャレンジを見てみたいと思います。

ここにある統計があります。これは小学校1年生から6年生まで、それぞれの学年ごとに算数が好きな子供の割合を示したものですが、小学校1年生では男女とも80%を超える生徒が好きと答えているのですが、6年生になると男子は66%、女子は55%を少し上回る程度まで減少してしまいます。おそらく小学校6年間の間のどこかで学習につまづき、わからなくなってしまう、理解ができなくなるために好きではなくなったのでしょう。

これを隠れたカリキュラムのコンセプトから考えてみると、ある時点からわからなくなることの連続が発生する、そしてそれが日常化してわからないことが困らなくなり、慣れてしまう、そして最終的にはわからないことを恥ずかしいと思わなくなる、というステップがどこかで発生していまっている可能性があります。そういう経験を積ませ、態度を育てる隠れたカリキュラムが機能している可能性がある。その結果どうなるか、一概には言えませんが、ある統計によると、学力テストの結果と自己肯定の度合いには相関があるという結果が得られています。つまり、学力が低いほど、自分自身を肯定しない子供の割合が増えるという結果になっているようです。

どのくらい主体的に、工夫して勉強しているか。そして主体的な学びを学校、社会がサポートしているか

最後にもう一つ紹介をしたいと思います。これはある認知学者が実施した調査結果の分析なのですが、小学生、中学生を対象にして、どのようにして勉強をしているのか、どんなアプローチ、ストラテジーをもって勉強しているのかを見てみたものです。勉強の方法といっていもいろいろな方法がありますよね。わからなかったら先生に聞いてみる、何から勉強すればいいのかを考える、図や表に書いてまとめてみる、過去に学んだことと関連づけてみる、など、いろいろな方法が考えられます。

21世紀型の教育

子供の生活の80%以上は学校の外。隠れたカリキュラムは家庭や学校外の生活にも。

この調査の結果は多くの示唆を含んでいて、たとえば勉強の計画がうまく進んでいなければ計画を見直す、という項目に対して、それを実施していると答えたのは小学生で8%、中学生でも14%にすぎませんでした。勉強は勉強する内容も大事ですが、生涯現役時代、ますます変化が激しくなる現代社会にあっては、将来どんな勉強をすることになっても困らないように勉強の方法を教えていくことが重要になってきています。

しかし、学習方法をしっかり教えている学校はまだ少ない状況があります。この状況を隠れたカリキュラムの観点から見てみると、やみくもに努力をさせる、量をこなす一方で全く成果が上がらないという状況、さらにその過程での教師の指導の不在が隠れたカリキュラムとして機能してしまい、「勉強は努力してできるようになるものではない、やっても成果につながらない」という認識を一定数の子供たちに教えてしまっているかもしれない、という仮説が立てられます。

学校で過ごす時間はたったの18%。日常生活にもある隠れたカリキュラムが子供の成長に関与する。

今日は学力に課題を抱える学校を素材にして、隠れたカリキュラムというコンセプトについてお話しし、主に学校の隠れたカリキュラムを紹介しましたが、義務教育において子供が学校で生活をする時間は実は意外に少なく、睡眠時間や休日も含め、すべての生活時間の中での学校生活が占める割合はたった18%しかないのです。なので、実は学校外、日常、家庭での生活でも様々な形で隠れたカリキュラムが存在し、子供の成長に関与をしている可能性があります。

皆さんは今日「隠れたカリキュラム」という眼鏡を手に入れました。この眼鏡をかけていただくと、これまで見えなかったさまざまなことが見えてくると思います。

掲載:2017年11月

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