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第22回
: アメリカでの子育て 総集編
私がアメリカに初めて来てから、早いもので足かけ10年になります。留学生として過ごした最初の1年、そして日本に帰国して仕事も始めたものの、結局またシアトルに戻ってきてしまい、結婚して永住することになりました。子供も生まれ、今では異国の地アメリカで、家庭を持つ生活をしています。長かったような、早かったような10年ですが、とても穏やかな毎日です。
もちろん、子供たちとの毎日は嵐というか台風というか、どたばたと過ぎて行くのですが、それでも「穏やかに生活している」と言えるのは、いろんな人の支えがあってからこそなのです。
アメリカで生活する−ということは、私の学生時代からの夢だったかもしれません。あの当時はアメリカの映画に憧れ、音楽を崇拝し、その全てがクールでおしゃれで、それを自分でも体験したくて英語も頑張って勉強しました。そして、ある意味ではその昔からの夢を叶えてしまいました。アメリカに住んだ当時は、高速道路の標識でさえ「アメリカにいるんだ!」という実感になり、また全てが新鮮で、目の前のもので満足していたのです。
それから家族ができ、アメリカでアメリカ人に囲まれて生活するようになって、初めて自分が日本人であることを再認識しました。このエッセイでも書いてきたように、カルチャーショックが大きく、とにかく自分の知っていることがアメリカの常識ではないということに戸惑いを感じました。
子供ができてから、子供の遊び仲間を通して、「ママ友」として仲良くなった日本人がたくさんいます。みんな同じように異国で子育てを頑張っている人ばかりで、悩みも共有できることが多く、そういったお友達は私にとっては宝物です。シアトルにいる日本人のママという小さなコミュニティの中で、みんなわいわいやりながら、時にはアメリカ人の義理の家族の愚痴を言いあったりと、そんな時間はとても貴重です。素敵なママ友たちがいるという事実、それは私にとって大きな支えです。
そして日本にいる家族。同じ屋根の下で住んでいる時はケンカばかりしていたのに、離れてみるとありがたみがよくわかりました。頻繁に会えなくて本当に寂しく、子供ができてからの今のほうが、親に甘えてるような気がします。頼めば何でもすぐに航空便で送ってきてくれたり、帰省すれば上げ膳据え膳のおもてなし。それは孫のためだといいながらも、私のためだということ、気がついています。
私には、日本にも心のよりどころとしている親友がいます。彼女には子供はいないけれど、私の「全て」を知っている数少ない(唯一の?)人。安心して本音を話せるのは彼女だけで、いつでも頼ることができる(そして頼られることもできる)とわかっているので、それだけでも本当に支えです。
私が今まで異国の地でやってこれたのは、家族はもちろん、こういったママ友や遠く離れた日本の家族や友人たちが支えになっていてくれたからにすぎません。毎日穏やかな気持ちで過ごせるのはみんなのおかげだと、心から感謝しています。
「日米子育て事情の違い」エッセイは、今月で最終回とさせていただくことになりました。
読者の方からコメントをいただいたりして、私もとても楽しませていただきました。
長らくのご愛読、本当にありがとうございました。
(2005年12月)
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