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第21回
: 教科書なしの小学校
上の息子が、キンダーから始まって、公立の小学校に入ってから2年目となりました。日本の小学校と、アメリカの小学校との一番大きな違いは何かというと、私は「教科書がないこと」だと思います。そう、教科書が、ないんです。
新しい学年が始まるごとに、まっさらの、科目別の教科書を何冊も抱えて家に帰ってきて、それに名前を書いてもらうのが楽しみでした。上・下巻があったり、子供によっては教科書に書き込んだり、線を引いたりする子もいれば(ページの角に動くマンガを描いてみたり!懐かしいですね)、逆に教科書に書くのはいやで、全て科目ごとのノートに整理していたりする子もいて。後から古い教科書を見直すのも楽しいものでしたよね。私は引越しが多かったので、古い教科書は取ってありませんが、当時から唯一の得意科目だった英語の教科書は、なぜかいまだに中学1年生の分から置いてあります。小学1年生の教科書などが置いてあったら、見てみると楽しいだろうな、と思います。
「読み書きを教える」というコンセプト自体が、日本語と英語ではかなり違うのかもしれませんが、アメリカではライティングの練習用ドリルのようなものはあっても、リーディングを教えてくれる教科書はありません。ほとんどの学校がそうではないでしょうか。配られるプリントをこなしていくような感じです。カリキュラムも、1年生の終わりまでに読めるようになるべき(そして意味も理解する)単語のリストというのはあり、また、学年ごとの「習得目標」は設定されていますが、それを満たすために各先生が教室内で行うことは、それぞれの先生に一任されているのです。
算数に関しては、ディストリクト内でも、どんな「ドリル」を使うかは統一されていません(日本でいう、教科書会社が違うようなものですね)。息子の学校で使っているドリルは例題があり、それをいくつかといて最後に応用題、という形式と、単純計算のドリルが交互に混ざっているものを使っています。
算数では1枚のプリントを使うのではなく、冊子になっているので、親が見てもどの程度進んでいるかがわかりますが、リーディングとライティング(国語、にあたるのでしょうか)は何をやっているのかはよく把握できません。授業中も、特に読み書きに重点が置かれているため、1日の半分以上は何らかの形で本を読んだりその応用に時間を使っているようですが、具体的に何をしているのかというとよくわからないのです。
ただ、日本の学校に比べると、1クラスの人数は少ないようですので、(25人前後)、こちらが首を突っ込めばそれにはきちんと答えてくれます。日本では教室に親が入るなんて考えられないことですが、こちらではペアレント・ボランティアも盛んに行われています。そういう機会を利用して、できれば週1回1時間でも手伝って、子供が学校でどんな様子かをつかめればいいですね。そうすれば教科書がない学校でも、今どんなことを習っているのかわからない、という不安が少しは解消されると思います。「教育ママ」にはなりたくないけれど、子供の教育に関心を持つのは、親としての当然の義務ですものね。できる限りのところまでは、いろんな意味で手伝っていってあげたいと思っています。
(2005年11月)
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