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シアトル美術館 東洋美術部長・白原由起子さん
 

シアトル美術館で東洋美術部長を務める白原由起子さんが神戸市立博物館が所蔵する南蛮・紅毛美術を日本国外で初めて展示する展覧会を企画しようと考えたのは2002年のこと。日本からシアトルに移住したばかりの白原さんに、韓国は光州生まれでシアトル在住の写真家 Johsel Namkung 氏が見せた写真が心に残っていたことがその理由の1つだ。その写真には、オリンピック国立公園の太平洋岸にあるシャイ・シャイ・ビーチの木陰で、日本から流れてきて打ち上げられたさまざまな品々を集めた Namkung 氏とその友人でシアトル在住の著名な画家、ジョージ・ツタカワ氏が写っていたという。

これが太平洋を挟んだ "隣国" である米国と日本の間でさまざまな物品が移動した歴史などについて考えるきっかけとなったそうだが、シアトル市と日本の歴史学者や研究者と話し合いや研究を重ねるうち、"米国北西部に初めて上陸した日本人" である尾張(現愛知県)出身の音吉(1819-1867)にたどり着く。千石船で江戸に向かった音吉一行が嵐に遭って14ヶ月にわたり漂流し、ペリー提督が黒船で浦賀に現れた1853年から19年も前の1834年に現在のオリンピック半島フラタリー岬に漂着したことは、音吉の故郷にあたる現愛知県知多郡美浜町ではよく知られており、三浦綾子が 『海嶺』 で、春名徹が 『にっぽん音吉漂流記』 でも書いている。「久吉と岩吉という2人の生存者と共にマカー族に助けられてから音吉がたどった数奇な運命は、当時の日本・イギリス・中国・アメリカの政治的思惑に人間的な一面を見せてくれます」と語る白原さんは、後にその息子の1人が神奈川県に帰化を申請し、後に神戸に住むようになったのは何かの縁を感じさせる。西洋の美術や工芸品が日本に与えた影響の中から生まれた南蛮美術と紅毛美術、そして日本の磁器や漆器が与えた影響の中から生まれた新しい西洋美術というように、白原さんは「知識と文化の交流は、この展覧会に欠くことのできないコンセプト」と語る。今回はその展覧会について、白原さんに伺ってみた。




- この企画を出された時に受けた反応はどのようなものでしたか。

まず、ミミ・ゲイツ館長がすぐに支持してくださいました。館長は神戸市立博物館の所蔵品のすばらしさをご存知でしたので、「シアトル美術館がやらなくてはならないものだ」と言ってくださったのです。シアトル市と神戸市の姉妹都市関係もその理由の1つですし、シアトルは日本ととても近く、外に向いている町であることもまた理由の1つです。それに、シアトル美術館には全米で5本の指に入る日本の美術品を所蔵していますので、それをこの展覧会で展示することにも深い意味があります。


- 神戸市立博物館の所蔵品が日本国外で初めて展示されるのはこの展覧会が初めてとのことですが。

1970年代に日本政府が南蛮美術の巡回展、紅毛美術の絵画展示を行いましたが、ここまで大がかりな展覧会は初めてです。シアトルでは展示されたことのないものをご覧いただくことになりますし、これらの作品が一堂に会するというのはとても貴重なことです。日本の人にご覧いただいても恥ずかしくないレベルを自分にも要求してきました。それと同時に、アメリカ人が興味を抱くものを含める必要もあるため、ある程度の大きさとわかりやすさも考慮して展示作品を決定し、わかりやすい解説にも工夫をこらしました。なお、紙(版画)と絹・織物の作品は前期と後期で入れ替わるため、すべてをご覧になりたい場合は、両方にお越しいただく必要があります。


- この展覧会の作品説明はどのようになっていますか。

まず、英語と日本語の説明をつけています。会場の40ヵ所にオーディオガイドを用意し、作品の詳細はもちろん、さまざまな観点から見た解説を英語と日本語で聴くことができます。また、シアトル在住の3人のアーティストにもご協力をお願いし、作品に対するコメントを録音しました。田村麻紀さんには海外育ちという目から見たコメントを、ジェラルド・ツタカワさんには日系3世の目から見たコメントを、そしてプレストン・シングルタリーさんにはガラス工芸品に関するコメントをいただいています。


- 展覧会の内容について教えてください。


これらの作品が制作されたのは、日本が外国にあこがれていた時期。美術的・歴史的に貴重な作品ばかりなので、とても面白いと思います。今になって見てみると笑えるものもありますが、この時期はその後の日本にとって必要なものでした。そういった歴史の流れやその流れの中で起きたことなどを伝えていければと思っています。例えば、17世紀初期に佐賀県の有田で作られていた磁器は中国の景徳鎮の陶磁器に影響を受けていますが、中国が明から清に替わり磁器の輸出ができなくなると、有田焼が注目されて17世紀半ばからヨーロッパなどに輸出されるようになりました。その影響は、17世紀にオランダで有田焼を模倣して作られた焼き物からも伺い知ることができます。また、ヨーロッパのチョコレートを飲む文化が有田焼に与えた影響は、18世紀初期に作られ輸出されたチョコレート・カップとソーサーを通して見ることができます。ペアで作られたこのカップとソーサーは、欠けてしまったソーサーの1つに似せたものがウィーンで作りなおされましたが、藍色が滲んでおり、有田焼のものとは違うことがわかります。

日本人の好奇心が技術革新につながり販路が広がっていく市場原理の面白さ、そして「日本がどう外国を見たか」だけでなく、「外国がどう日本を見たか」についてもこの展覧会でご覧いただくことができます。異なる民族や文化を全面的に理解することは不可能で、実際はその一部を理解しているに過ぎません。でも、お互いをより深く知ろうとすることにより、争いをも避けることができると思います。この展覧会で展示されている作品は、異なる文化と人々をいかに受け入れていくかという、現代に生きる私たちにも問いを投げかけているのです。


- ありがとうございました。

 
 
『Japan Envisions the West』 について
展覧会の概要と開催要領の詳細
展覧会の見どころ
前期・後期に分割された大展覧会
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シアトル美術館東洋美術部長
白原由起子さん

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