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筆者紹介:大澤裕さん(おおさわ・ゆたか)
ピンポイント・マーケティング・ジャパン/代表 慶応義塾大学経済学部卒。米国バンカーストラスト銀行企業金融部勤務(企業米国進出支援業務)を経て、米国カーネギーメロン大学経営学大学院に留学し、MBA
取得。1997年に起業し、2000年にシアトルへ。詳細は、2003年7月の 『ぶらぼおな人』
で。 |
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第1回
: 起業 こんにちは。私、ピンポイント・マーケティング・ジャパン社というマーケティング・コンサルティング会社を経営しています大澤裕(おおさわ
ゆたか)と申します。これから、米国で起業する難しさや楽しさ、そして日本の中堅・独創企業の米国販路開拓をお手伝いする日々の様子についてお話しさせていただきます。
私が初めてアメリカに来たのは1987年、大学3年生の時でした。米国の企業や大学を見て回ろうというリクルート主催のツアーに参加したのです。9日間で3都市を回り、飛行機・ホテル・食事代がすべて込み11万8千円という、今から考えても格安のツアーでした。このツアーで
ATT 本社や UCLA、ハーバード大学を回り、またアメリカで実際に活躍しておられる日本人の方々の講演を聴くことができたのですが、特に衝撃を受けたのは MIT
のキャンパスです。歴史を感じさせる豪華な部屋で静かに勉強する学生を見て、「いつかこんなところで勉強したい」と強く思ったのを憶えています。
1993年に念願かなってコンピュータやロボット工学で有名なカーネギーメロン大学の
MBA プログラムに入学しました。当時、私の父は会社を経営しており、タイルの貼り付けに関する新工法の特許を日本と米国で持っていました。しかし、もともと材木屋でタイル業界とコネクションがないため、日本市場でその特許工法を広めるのは難しく、ましてや米国では特許はあるもののどうやってタイル市場を開拓してよいのか皆目見当がつかない状況でした。
私が自分は運が良かったと思うのは、「父の持つ特許工法をアメリカで広めるためにはどうすればよいか」という明確な意識を持って、2年間にわたりビジネス・スクールで学べたことです。当然、その目的意識に沿った科目を重点的に履修しました。本物のベンチャー・キャピタリストが行う授業もあり、そこでは「コンピュータ上で事業計画を練るな!」という教えが印象に残りました。「アメリカのタイル市場はX億ドル規模です。このタイル貼り付け工法は画期的なので、初年度1%のマーケット・シェアをとるでしょう。2年後は2%・・・」といった発表をパワーポイントでやっていると、フランク・デルマーというその教授は「そんな発表は何の意味もない」と一刀両断にされたのです。そして、「新製品はそういった販売予測ができるものではない。それよりもその新工法のサンプルを実際にタイル屋や設計士や建築会社に見せて来なさい。そして彼らの意見をここで発表しなさい」と言われました。「私は留学生ですから、そんな知りあいはいません」と言うと、デルマー教授自身が「私が知り合いの設計士や建築会社に紹介手紙を書いてあげるから」と言ってくれました。とても良い人でした。
卒業を迎える頃には事業計画の概要がまとまっていました。そしてデルマー教授に「その事業計画は面白い。実行すればよいじゃないか」と言われるまでになっていました。その旨を父に伝えると「じゃ、やってみるか」と、半信半疑ながらゴーサイン。そのようなわけで、ビジネス・スクール卒業後もアメリカに残って本格的に行動することになりました。
と言っても、最初はオフィスも何もありません。本当にビジネスとして成り立つかどうかがまだ半信半疑の最初の半年ぐらいは、ビジネス・スクールのコンピュータ・ルームが私のオフィスでした。そこでアメリカのタイル・メーカーの調査をしたり、彼らへの手紙を書いたりしていたのです。分からないことがあれば、教授や隣席のアメリカ人学生に聞いたりすることができ、とてもよいオフィスでした。
そこでもうひとつ良い出会いがありました。私がそういったプロジェクトを卒業後もビジネス・スクールでやっているということを知った学部長アシスタントが、ある米国人を紹介してくれたのです。そのジェイ・ウイットマンは、私より2年先にビジネス・スクールを卒業したものの、就職先に恵まれず、いわば就職浪人でした。実際にビジネスを始めると、次から次へと小さな疑問が出てきます。それらの多くは、手紙の書き方をどうするか、どういった名刺を持つべきか、肩書きはどうすべきか、というような、教授に聞きに行くには小さすぎるし、かといってその疑問がとけないと先に進めない性質のものです。そこで、比較的時間に余裕のあったジェイは、そういったことを諭すように私に教えてくれ、私にとって何よりのメンターになってくれました。そうこうするうちに、教授やジェイの力を借りながら、段々とビジネスが形になってきました。タイル業界で働く有能なアメリカ人で「協力したい」という人も現れました。そしてその実績をもとに私は父を説得し、正式な会社を設立して小さいながらもオフィスを持つことになったのです。
そのタイル貼り付け工法から始まった会社が現在のようなマーケティング・コンサルティングに移行するのにはまだ紆余曲折があるのですが、とりあえず私の米国における起業はこのように始まりました。現実問題として、アメリカで起業するとすれば(インターネットのような比較的資金が少なくて始められる事業は別として)、通常は日本側にスポンサー、アメリカ側にメンターが必要でしょう。日本側に父の会社というスポンサーがあり、アメリカ側でビジネス・スールの教授や友人といったメンターを持てた私はやはり相当に恵まれていたと言えると思います。
(2007年1月)
注)当ページに記載されている内容は個人の一意見です。この情報に基づいて行動した結果なんらかの損害が発生した場合においても、執筆者およびジャングルシティは一切責任を負いません。記載された情報を活用される場合は、あらかじめ専門家に照会するなど必要な確認を行った上、ご自分の責任で判断していただきますようお願い申し上げます。
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