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プロセ:女性、仕事、そして人生
プロセ:女性、仕事、そして人生
       
  著者プロフィール:神尾季世子
弁護士として、雇用法を土台としたコンサルティング・ビジネスに携わる。ライターとしても、雇用法、移民法、憲法、遺産相続など幅広い分野において執筆。代表作は GLOBAL CRITICAL RACE FEMINISM: AN INTERNATIONAL READER (2000, New York University Press)に収録された。フィッシュ・アンド・リチャードソン、モリソン・フォースターなど日米の国際法律事務所で訴訟関連プロジェクトに関わる。連絡先は、info@kamiolaw.com。当コラムのタイトルにある「プロセ(Pro Se)」は、ラテン語で "on behalf of oneself" という意味であり、弁護士を雇わずに個人の力で訴訟を起こす原告を指す専門用語。「自力で道を拓く」という私的解釈により著者の好む言葉である。

お断り:著者は、一個人として、また弁護士として、プライバシー尊重という理由に基づき、当コラムで扱う人物名や場所名、または設定などにおいて、ある程度の内容変更を余儀なくされる場合があります。御了承ください。
   
       


第3回:法への目覚め

鮮やかな笑みがグラビアに映える。パンプスの小気味よい音を響かせ颯爽と闊歩する姿を彷彿とさせる女性弁護士が言ってのける。

「子供の頃から弁護士になるのが夢でした。人助けをして、社会に貢献したいと思っていました。」

素晴らしいことだ。弁護士協会もニッコリの優等生的発言である。しかし、「なぜ弁護士になったのですか?」その質問を投げかけられるたびに私は口ごもる。人間ができていないと言われれば無言で頭を垂れるよりないが、私は社会貢献といった崇高な理想を掲げて職業を選択した経験など一度もない。それよりも、自分の好きなことをどう形にし、どうキャリアに繋げるか、そればかりを無我夢中で追い続けてきた。

活字の世界で働きたい。中学生の頃から、その想いで胸を熱くしていた。洋楽専門のジャーナリストになりたい。海外で憧れのミュージシャンにインタビューをしたい。夜ごと開く日記帳にそんな夢を書き連ねた。少女趣味が匂うキャラクター物のノートを埋める饒舌な文章が脳裏に浮かぶ。濃紺の制服でプラットホームへと続く階段を上っていた日々、私はブリティッシュ・ロックに没頭していた。来た道を振り返ると、そこここに懐かしいサウンドが溢れる。机と本箱で一杯になる自室でロックに身を浸す時間は、リバプールやロンドンの風が頬を撫で、透明な光が部屋に踊った。試験最終日には決まって地下街のレコードショップでなけなしの小遣いをはたき新しいカセットを買うのが楽しみだった。英語が神秘の言語として魅力を湛えていたあの頃、歌の意味を知りたいあまり、カセットを止めては途切れ途切れに歌詞をノートに書き写したものだ。その歌詞を辞書と首っ引きで訳す。過去完了形。不定詞用法。幾多のイディオム。それらを教えてくれたのは英文法の教科書ではなく音楽だった。青春というどこか気恥ずかしい言葉で束ねられる人生の序章を心で反芻する時、背景に流れる旋律がもたらした影響の深遠さに驚く。

イギリスに永住するという夢はかなわず、結局は予想もしていなかったアメリカが第二の母国となった。当時、私が最初に得た収入は、こちらの女性誌に掲載したエッセイへの原稿料だった。その記事が掲載された号が売り出された当日、繰り出したスーパーマーケットで意気揚々と数冊を脇に抱え込み、いぶかる店員の前で雑誌を開いては、「これ、私の書いた記事なんです」と、子供のように頬を紅潮させ宣言した昼下がり。それを皮切りに、コミュニティ新聞の記者としてささやかな収入も入り始めた(英文の記事を掲載するようになった時、これはまさにロック三昧の日々のお陰だと思った。バッハもモーツァルトも大いに結構だが、英語の先生にはなってくれまい)。ジャーナリストなどという洒落た肩書きには程遠いにせよ、少女時代から憧れていた活字の世界の片隅に身を置くことになったのだ。

ライターとして充実感を味わう一方で、これでいいのかという疑問が頭をもたげる。フリーライターだのエッセイストだの言葉の響きこそ心地よいが、どこか得体の知れない職業でもある。「ワタシ、文章を書くのが好きなんです。」 そう得意気に語る女性は多い。だが、賞を受賞するような作家を除けば、それ一本で食べていける人の方が稀有であり、私にとって結局は「結婚という逃げ道がある女性の道楽的アルバイト」じゃないかと空しさを感じた。私にとって、書くことは手段であり、それ自体がゴールではあり得ない。「これぞ私の専門分野」と胸を張って言えるような「何か」を見つけたい。その思いは日ごとに深まった。

法律を学びたい。そんな願望がふつふつと沸き立った。またまた恥ずかしながら、小学生のような単純明快な理由でしかない。「カッコいい!」 ひょんなことから裁判を体験した私は、担当の女性弁護士に惚れ込んだ。なんて魅力的な女性なんだろう。「私にとって天職」と彼女が言い切る弁護士という資格はどうすれば取れるんだろう。熱に浮かれたように法曹界への情熱を深め、気がつけばその弁護士の母校であるロースクールに入学していた。

ロースクールでは図書館で過ごす独りの時間を私は慈しんでいた。そして、この時間の蓄積こそが、最初は「カッコいい!」でしかなかった弁護士なる職業の醍醐味を味わう契機ともなったのだ。最後の授業が終わると同時に、深夜十二時まで開いている図書館にこもっては、ゆるやかに流れる時間に身を浸しリサーチのプロジェクトに取り組む。公民権第七編にみる男女平等の原理。憲法第十四条にみる自治の概念の解釈。ローレビューなる学術誌に掲載される記事を書く作業に、私は創造の喜びをすくいあげていた。人影もまばらな夜半、つま先立って手を伸ばした書棚から、歴史を刻んだ判例集を抜き取る。「ことん」という音が静寂の中に響く。埃を被った革表紙を開き、黄ばんだ頁を繰るうちに、探していた数十年も前の判例が顔を覗かせる。ひそかに口元をほころばせ、判例集を手に席へと戻る。そんな時間が好きだった。判例を辿るうちに、セピアがかった古い映画の一シーンのような情景が心に映し出される。ツイードの上着を着た弁護士が、法廷に立ち議論を始める。黒いローブに身を包み威厳の光を放つ裁判官が、議論をさえぎり鋭い質問を浴びせかける。

それぞれの判例は、大なり小なり血肉の通った人間ドラマを反映している。唐突に寝室に侵入した警察官に逮捕されたゲイのカップルが、同性愛者の性行為を違法とする州法の合憲性を問いただしたケース。自給自足の生活を営み、「農場と家庭こそが最良の教育の場」と信じるアーミッシュの親が、我が子を義務教育から解放させる権利を主張したケース。政府への抗議として星条旗を焼く行為は憲法第一条で謳われる表現の自由にあたると訴えたケース。「異人種と結婚するような人間は、精神的に幼稚であったり自己嫌悪がひどかったりノイローゼ気味であったりと、心理的に異常な面を持ち合わせる」と理由づけ、黒人と白人の結婚を禁じる州法への挑戦を企てたケース。判決文の行間から人々の吐息や涙や怒りが時として驚くほど鮮明に感じられ、はっと息を呑むことがある。

そして思う。人は弱いものだと。アメリカ人が好むジョークとなったが、天国に弁護士は存在しない。完璧な世界は闘争と無縁だからだ。だが、現実を直視するとどうだ。完璧とは文字通り天と地の差のあるこの人間社会でうごめく私達一人一人が、異なる価値観、すなわち各自の小宇宙を内部に育み生きている。いや、生きようとしている。摩擦を免れる筈がない。殊にアメリカのような多民族国家はそうだ。夜空に散らばる無数の星の中から一つを選び取り、「ほら、あれこそ最も明るい星だよ」と皆に示す権利を、私達の誰も持たない。だからこそ、中立的な立場を示す一手段として、法律の存在が必須となる。

夜更けの図書館で、頁の向こうに見え隠れする物語を土台に、言葉たちを丹念に編んでいく。孤島での静寂を堪能するかのごとく、私はこの作業に寡黙な情熱を注ぎ込んだ。そうして完成した数本の記事が次々にローレビューに掲載され、自分の内部からほとばしる言葉たちが活字となり手元に還って来る時、静かな歓びに満たされた。

(2009年3月)


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