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最終回 みなさん、こんにちは。マチルダです。 突然ですが、数年にわたって連載してきたこのエッセイ 『Matilda!』 を、今回をもって最終回とさせていただくことになりました。 連載を始めた頃は若かったということもあって、かなり鼻息荒くゲイについて書いた部分もあったわね。でも、ある時点から、あたしとお団子ちゃんの生活模様やあたしの勤務先でのことなんかを中心に書いてきたのは、そうすることでゲイとストレートの間に境界線を作らないという、あたしの究極の目的に達することができるんじゃないかなと思ったからなの。 人っていうのは何か理解できない場合に、ガイドブックに頼ったりするわよね。もちろん、それでいろいろなことを経験していくわけだから、ガイドブックもあるに越したことはないと思う。でも、ガイドブックを買うことは、「自分が知っているものとは違う」という認識が既にあるからじゃないかしら。ゲイとストレートの違いは「同性が好きか異性が好きか」だけなのに、「ゲイとはこういうものです」「これがゲイの生活です」「これがゲイのカルチャーです」っていう、ゲイについてのガイドブックみたいな内容のものに走ってしまう。そのために、一部のゲイのことがまるであたしたち全員にあてはまることであるかのように巷に流れてしまっていることを痛感することってたくさんあるの。誰かに紹介してもらう時も「マチルダです」じゃなくて、「ゲイのマチルダです」と無神経な紹介をされたりすることからしてまだまだゲイが特別視される社会にいることを思い出させられる上、あたしはお団子ちゃん一筋なのに、「複数の人と同時につきあうのがゲイ」なんて思い込まれてたりして・・・。 あたしとあたしの友達で寄り集まってやった昨年末の座談会がいい例かもしれない。あれはあれでとても楽しかったんだけど、やっぱりこんなにたくさんいるゲイの中のたったの3人によって、読んでくださるみなさんの中にゲイについての認識や知識が形作られてしまうことにとても疑問を感じてしまったわ。あたしたちの世界を、ストレートの人たちが虫眼鏡で覗き込むような、そんな狭い視野を持つようなことになってしまいかねないって。もちろんあたしたち3人は同じ意見を持っているわけじゃないからあの座談会も正当化できないわけじゃないけど、あたしにとってはもうゲイだけで集まって盛り上がることは、どうしても内にこもりすぎていた前世紀のような気がしてしまうの。 あたしとお団子ちゃんがいつも言ってるのは、「ゲイもストレートもとてもブレンドしている一面があるのがシアトルのいいところ」。サンフランシスコやニューヨークみたいに確立していて区別されてるゲイ・タウンもないし、かつてはゲイ・タウンと言われたキャピトル・ヒルも、ゲイしかいなかったゲイ・バーも、今ではストレートがたくさんやって来て混じってる。そのシアトルの良いところをみんなで楽しんでいければいいわね。 あたしの役目はここまでよ。 長い間、読んでくださって、どうもありがとう。 マチルダ 注)当ページに記載されている内容は個人の一意見です。この情報に基づいて行動した結果なんらかの損害が発生した場合においても、執筆者およびジャングルシティは一切責任を負いません。記載された情報を活用される場合は、あらかじめ専門家に照会するなど必要な確認を行った上、ご自分の責任で判断していただきますようお願い申し上げます。 |
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