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第22回 : 髪の毛 あら、こんなところに長い毛が生えているじゃないの。こんにちは、マチルダです。ある朝、鏡の前でふと気がつくと額に長い毛が1本生えてた。生え際からは少し離れたところ。最近、背中やら鼻やらがどんどん毛深くなっていってる。しかもとても太くて健康な毛。年輪を重ねるってこういうことなのかしらん、って思う。年の離れたお団子ちゃんは、年によって出てくるそういった体の変化をもう幾度も乗り越えてきた年寄りのベテラン。そんな濃くなってゆくアタシの毛なんか問題にもせず、今日も彼は洗面所で何か考え事をしながら、ワサワサと生えている耳毛を電動無駄毛処理機でウィ〜ンとトリムしていた。無駄毛処理の黒帯ね、うちのお団子ちゃん。いや、ちょっと待って、それは違うわ。白い鼻毛が外に「こんにちは」してても気にならないお団子ちゃんは、無駄毛処理の黒帯ではなくて、老化の黒帯なんだわ。お団子ちゃん、あなたのそんな凛々しい鼻毛にはとても叶わないわ。 それにしてもこの毛、一体いつの間にこんなに長くなってたのかしら。見たことが無い。長い眉毛で国民を騒がせた数期前の総理大臣のあのトリムされていない眉毛まではいかないけど、それにしても1本長い毛がスーッと生えてる。「これも老化と共に現れる体の変化なのかしらん?」中年にはいったら体にガタが来るっていう思秋期(勝手に単語作りました、ごめんなさい)のことは聞いてはいたけど、こんなにおもむろに参上されるとねぇ。予告通りやって来たわ。それにしてもこの額の毛、やっぱり気になるの。 先日、アタシは家で写真や手紙の整理をしていた。たくさん撮った写真。カメラを首に下げた日本人観光客っていうけど、周りの現地人になんと思われようとところ構わずカメラをもって撮影し続けた。当時珍しいと思ったいろいろな物。そしていろいろ書いてある手紙。「頑張ってね」とやさしく応援してくれている家族や友達からの手紙。ホームシックになって帰国を考えた時は、そんな手紙に何度励まされたことかしらん。そうかと思うと誕生日に友達からもらったバースデーカードがあったり。そういう風にお片づけをしている間にこっちに住んでからの思い出がどんどん要約されて、頭の中でプレイバックされていく。自分で言うのもなんだけど、昔の写真を見ながら、「ちょっとアタシったら可愛いかったんじゃない?」 そんなお馬鹿な自己満足感と共にニヤニヤ。もしあの頃のアタシが自分のかわいさを自覚してたら、どんなことになってたのかしらん?きっともっとオテンバになって男達をヒーヒー言わしてたのかしら。きっとそうなんだわよねっ、なんて。でもアタシのことを知っている人がこれ読んだら、ハリセンでバチっと顔面一撃なはずよ。 時間はアタシのことを待ってくれないみたいで、血も涙もなく着々と過ぎていく。この前も会社の同僚と昼休みに外食した時、歩きながら街のショ−ウィンドウに移っている後輩とアタシを見比べて、年の差をひしひしと感じてしまった。アタシの気持ちは後輩と同じようにピチピチしてるつもりだったのに、ガラス越しのアタシったら全然うきうきっていうもんじゃない。 「ちょっと待ってよ、あのガラスごしに映っている人、誰かしらん?」 「あら、あれはマチルダじゃなくって?」 「いや、それは違うわよっ?!」 「いや〜ん、奥さん。あれはマチルダよ。ほら、昨年登場したマモル君もこっち見て手を振ってるし。あれはマチルダよ」 「え、ちょっと待ってちょうだいな。そんじゃあのガラス越しの人ってアタシじゃないのよ・・・!?」 「Wow、あれはマチルダよ!アタシよ!全然可愛くないじゃない!?ピチピチしてないじゃない!しかもちょっと貫禄でちゃってる?あたしって、オッ、オヤジ・・オヤジ・・オヤジ・・!!!キャーッ!」 現実逃避とはこのことを言うのかしら。そこに写っていたのはあの頃の写真に写っているかわいい自分と全然違って、油ぎった、お腹がパーんと出た、きつめのパンツをはいているさえないアジア人のオヤジだった。自分のことは自分が一番よく知ってると思ってたけど、自分の想像と実際の自分がこうまで違うことってあるのねぇ。それに比べて後輩は実際に見るのと同様にガラス越しにもぴちぴちした若さを発してた。 「ま、眩しいわ、あなた!しかもとっても爽やか!」 そんな頃にアタシも戻ってみたいものだわ。自分にとてもがっかりしちゃった。 それから数日後、給料日に大学時代の友人と晩御飯を外食することに。大学時代からの友達で今もシアトルに住んでいる人ってさすがに数少ない。彼女とは共通の友達はいたけど、こうやって機会を作って会うのはこれが初めて。お互いにどきどきした。 「初めてだよね、こういうの。なんかテレちゃってて何を話してよいかわからんわ〜」 お互いに目をきょろきょろさせながら、会話を探してる。でもなんとなくそれはとても心地よかった。とりあえず場を和ませるために、最初に出会った頃に時間を戻して、共通の友達や勉強したクラスなんかを早送りでプレイバック。でも、その最中に出てきた感情が当時の感情ととても違ってたのは面白かった。何であの時にあんなこと思ってたんだろうって、あんなつまらないことに怒っていたのだろうって。思い出しては互いに笑った。あの時の物の感じ方に対して、自分がどうしてああいう風に感じていたのかといった具合に現在の思考回路を元に分析して、無理に説明しようとしたり、そんなことしてお酒を楽しんでるアタシたちにふと彼女が言った。 「あのマチルダと、今になってこんな話ができるとは思わなかったよ」 あたしって身も心も丸くなったんだわね。彼女とアタシの間には、7歳くらい年の差がある。でも、その年齢差は当時の年齢差に比べて遥かに縮まってるような感じがする。7年っていう月日は10歳の人間にとっては人生の70パーセントを示すけれども、30歳の人にとっては23パーセント、40歳の人なら17パーセントにしか過ぎないのよね。どうりで年を重ねるたびに1年が短く感じるわけよね。昔は結構年上に見えた彼女も、そして当時とてもお子様ランチだったアタシも、その差は間違いなく縮まってる。 こうして互いに気持ちがシンクロナイズド・スイミングのチームメイトのようにクリックしたあたし達。元オリンピックシンクロ選手の小谷実可子もびっくりするほど、彼女とアタシは金曜日の夜の街と名づけたプールの中をシンクロしてた。スススーッっと水しぶきをあげることなく華麗に、バーからバーへと、思い出話を肴にはしご酒。金メダル間違いなしのとてもおいしいくてスペシャルな花金だった。 さて、話は戻って、とっても気になって仕方が無い、おでこに生えた1本の長い毛。アタシが知らぬ間にこっそりと生えるなんて、屋根裏からこんにちはをする水戸黄門の九の一、ユミカオルのようだわ。うかつだった。でもそれにしてもいつの間に。だって結構長いんだもの、この毛・・・。 すっかりその毛が許可なくおでこに生えているものだと思い込んでいたアタシ。マモル君がアタシの顔に永住権を取得しようとしてたみたいに、これはその無駄毛バージョンだと思ってた。あ、ちなみにあのマモル君、永住権どころか帰化手続きも終了。今じゃ現地人と仲良く溶け込んでしまって、現在どこにいるかもわからないくらいよ。で、今度はこの1本の毛がアタシの顔面に入国許可の申請をしてると思った。いくらあたしの顔が大きいとは言え、誰でも入れてあげるわけじゃないのよ、アタシ。 そんな時、昔の写真の中でカメラに向かって微笑む初々しいアタシが何かを訴えかけた。 "Matilda, don't you remember me? I have been here for a long time. Really, really, a long time..." 何を訴えかけようとしてるのか、全然わからない。もう長いこといるってどういうことよ。あなたは無駄毛でしょ?最近生えてきたんじゃない。だって見たこと無いもの、あなたなんて。ID、見せてちょうだい!でも、写真の中のぴちぴちマチルダは、性懲りも無く訴えてくる。 "No. I have been here for a long, long time. Get closer and look at me!" 何を言ってるのかしら。あらっ、え、でも待って。今のアタシと、ぴちぴちマチルダ・・・。も、もしかして!? そう、この1本の毛。実は無駄毛ではなかった。彼は昔からいたネイティブ。実はあたしの生え際が後退してただけだったの!今じゃそんな生え際を見慣れてしまって、この1本の毛が生えてるところまで毛がふさふさしてたのをすっかり忘れてた。いわば、この1本の毛は、唯一生き残った戦士だったの。サバイバーだったのよ。そんな勇士を無駄毛扱いしてしまった。 「無駄毛ちゃん、ごめんなさい!」 よくがんばったわね。まるで正装したあの遠山の金さんが、お白州で桜吹雪の刺青をご披露したような感じ。そうでなかったら、これは格さんが印籠をかざし、今まで杖をついていた単なる老人が黄門様に大変身っていうあれ! 「だから無駄毛じゃないって、あんたっ!」 「はっ、ははーっ」 アタシの髪の毛、1本1本とアタシから去っていった。そして広くなったおでこに残った1本の毛。いつ飛び立ってしまうか分からないけど、それまで仲良くね。 それでは皆さん、また来月!時間と髪の毛は是非大切にしてくださいな。 マチルダ 注)当ページに記載されている内容は個人の一意見です。この情報に基づいて行動した結果なんらかの損害が発生した場合においても、執筆者およびジャングルシティは一切責任を負いません。記載された情報を活用される場合は、あらかじめ専門家に照会するなど必要な確認を行った上、ご自分の責任で判断していただきますようお願い申し上げます。 |
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