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  今のダンナが日本に留学していた時、度重なる「アメリカにおいでー」攻撃にまんまとひっかかって、1999年6月、シアトルの土を踏む。「英語ができない」「友達もいない」と、うだうだ悲しい気分が続いていたものの、どうにか自分が幸せになる道を作らねば、と奮闘中。苦しまぎれに「つまんなーい!日本に帰る−(T_T)」と半泣きになってもびくともしないダンナ相手に、悔しいのであれやこれやと作戦を練る毎日を送っている。    
       


第19回 : 親知らずを4本抜いた


「歯が痛くなったら歯医者に行く」
というのが日本での私であった。特に歯並びの矯正をする必要があると思ったことも、勧められたことも一度ない。親知らずを抜くって痛いんだって−、と聞くことはあっても、ま、痛くなったら抜くことになるんだろうな、といつかあるかもしれない将来の予定のひとつであった。

ところが、夫となったアメリカ人はそうは考えていなかった。彼の家族と一緒に住み始めた頃から、彼らが電動ハブラシを使い、糸ようじと同じ原理で、白い糸で食べ物のかすを毎晩丁寧にこし出しているのをみて、ああ、歯を大切にする家族なんだなー、と関心していた。そのうち、自分もその家族の一員になってしまったので、ダンナは私の歯を事ある毎にまじまじと見つめ、
「ちゃんと毎晩フロスしてる?」
とチェックを欠かさない。2人の新しい電動歯ブラシも購入し、私のために歯医者にクリーニングの予約を入れた。そして、親知らずを一刻も早く抜くことを、熱く私に勧めた。痛みが始まってからでは遅い。若いうちに抜いたほうが苦しみが少ない、と。

歯を大切にするのはよいことだ。6ヶ月ごとにクリーニングに行き、垢をすっきり落として身も心もリフレッシュ、歯科医とセッションの際には問題を明らかにし、今後の治療計画を話し合い、最悪になる前に直していきましょう。そうすれば治療費も最低限でおさまりますよ。それは理解できる。でも、最後に健康診断を受けたのがいつか、というのさえ思え出せないというのは何事であろうか?歯医者よりもまず健康診断に行きなさいよ、と私は彼に勧めているのだが、彼にとってはまず歯が大切らしい。

そういうわけで、歯医者と最後に今後の治療の計画について話しあった時、
「率直にお聞きしますが、虫歯の治療と親知らずを抜くのは、どっちを先にやったほうがいいでしょうか?」
と切り出すと、歯医者はあれこれと説明しながら相当質問の答えに迷っていたが結局、
「うーん・・・・じゃあ、親知らずを先に抜いて、その後、1年に1、2本ずつ虫歯の治療をしていきましょう。」
ということになった。しかし話を聞いてみれば、手術は歯医者の彼ではなく手術医の担当で、4本のうちの1本は難しい位置にあることから、もし無理して抜けば顎の骨を破壊しかねない。だから手術医にきいてみてね、と言われてびびった。

ダンナの話によると、手術は麻酔をかけてやるから寝てるうちに終わるけど、しばらくは痛いので、ベストなスケジュールとしては金曜日に手術をして、週末はゆっくり休養、やわらかいものを食べて過ごすのがよい、というではないか。

生まれてこの方、手術、入院、救急車などに無関係の健康な日々を送ってきたことだけが取柄の私である。そんなことを言われても、
「あ、そうなの」
としか思わなかった。想像のしようがなかったのである。

保険屋のおすすめリストからダンナが選んで私を連れて行った場所はベルビュー某所の、
「え?ここインドレストラン? あたし今日はパナンカレー、チキン、3スターでお願いします」
とでも言いたくなるようなキンキラしたインド風看板と、ちょっぴりアットホームな明るい内装であった。手術医に、歯医者に言われたことを確認すると、
「いや、だいじょぶだよ」
とかなりあっさり言われ、こんな時はよくわからなかったふりで、もう一度確認せねば、
と日本語でダンナに、
「もう一回聞いてみてくれー」
と不信な素振りは微塵も見せないように笑顔で頼むと、彼も質問してくれたがやっぱり、
「だいじょうぶ。1日に10人も手術してるから(慣れてる)」
とあっさり言われ、いやー、たくさん手術してるからってねー、あたしの親知らずの位置は悪いところにあるのは変わりないのようっ、と思ったが、さすが保険会社おすすめリストに載る安いところだけあって手術医は忙しく、とっとと出て行ってしまった。

2年近くシアトルに住んで学んだことがある。
「よいサービスを期待するなら金をだせ」
このセオリーでいくと、この安い手術にはかなりの不安を感じた。失敗したから何だかんだ言っても、痛いのは私なんだよねえ。やっぱり病院変えようよ、と彼に相談すると、いつもお気楽ご気楽でこの手の私の心配症を笑い飛ばす彼が、ちょっと真剣に考えている。しかしながら、年の割にはケチな経済観念を持つ彼にとっては、安い病院は捨てがたい魅力のようだった・・・・。

そんな双方の思惑が交差しながら月日は流れ、手術の当日になった。手術後に備えてシャーベットやらスープやらを用意した。手術6時間前の飲水食は禁止なので、寝起きのまま空の胃袋で病院に向かった。実はこの前日、不吉な予感でもしたのか、いつもは私にせっつかれて嫌々予約の確認をする彼が、頼まもしないのに手術予約の確認の電話を入れると、私の予約が入ってなかった、という事態が発覚した。なーんだ、やっぱり安いところはそうなんだよねー、と妙に納得してしまった、と同時に、手術受けなくていいんだ、やったー、という喜びが込み上げてきた。しかし、この事態に怒る彼が、しっかり再手配に成功してしまったため、やっぱり私の親知らず摘出計画は発動してしまったのである。

小さい手術室に案内されると、新しく入ったインターンらしき女の子に、女性が丁寧に説明しながら私の腕や心臓のあたりに心電図をつけた。入院も手術も初体験の私にとって、このあたりからちょっとした恐怖がこみあげてきた。親知らず抜くのに心電図必要なの? そして続いては初体験の点滴。おー、手術っぽくなってきたなー、と思ったところで意識は薄れ、目が覚めた時にはダンナがそばから不安そうに私を覗き込んでいた。
「大丈夫?」
手術は約1時間かかったそうである。もちろん全然覚えてないけど。へんてこな感覚の顔を押さえ、そそくさと家に帰った。ちなみに保険会社の負担は約1400ドル、私たちの負担は約370ドルだった。

手術前から、
「手術後は君はただ寝ていればいい。あとは僕が全部やるから」
と言われていたので、何もしなくていいなんて極楽だな、わはは、と思っていたのに、自宅で仕事をしている彼はどうやら忙しいようで、夕食のピザを自分だけ食いながら黙々とプログラミングしている。ちぇっ、サービスなしか、と麻酔がきれたあとに膨張してきて痛む顔を手で固定しながらスープを温めた。私は具合が悪くても、とりあえず何か食わなければ気が済まない図太い性質なのである。

私のまん丸顔は腫れて限りなく四角くなり、2日目には台形に近づいていった。この状況をメールで日本の家族や友達に報告したところ、彼らは「台形の顔」を想像してかなりウケていた。いや、笑い事じゃないんだよ、おかーさん、おねーちゃん。痛いのよ、私。それと同時に、
「何で4本も同時に抜いたんだ−?」
とみんなが同じ疑問を返してきた。知らん。多分1回で済むし、安上がりだからでしょうね。日本だと、痛くなかったら抜かないもんね−。あたしもずっとそう思ってたもの。

ダンナのおかーさんから、食べる前にアスペリンを2錠のみ、本当に痛いときだけ処方された痛み止めを飲む、という技を授かった。週末が空けても顔は相変わらず四角く、ダンナもまじまじと私の顔をみて、
「ああ、まだ四角いね」
と笑いを噛みしめていた。そんな顔でも外出しなければならないので、アスペリンを携帯し出歩いた。いつも即爆睡の私であるが、今回ばかりはなかなか寝つけず、人の気も知らず隣でイビキをかいてグースカ寝ている彼を見て、くやしいので彼の鼻を摘んでみたが、あまり効果はなかった。

ようやく手術後1週間が経過した今、とりあえず顔はもとの丸に戻りつつあるが、まだ右側が痛む。ああ、はやくバリバリ噛み砕くような食いもん、食いたいなあ。


■ ■ ■

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