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第9回
: 私の決意−人種差別を体験して
家族で映画を観に行った時のこと。スクリーンにトヨタのハイブリッド車が映し出された瞬間、後部座席の中年白人男性が大声で "Toyota, Crap!"と言い放った。
自然破壊がすさまじい状況なのにハイブリッド車の重要性が理解されず、また、日本車がバカにされたようで、日本人としてムッとした。それでも私は黙っていたが、夫はすぐさま後ろを振り向き、「大声を出すな」と男性に注意した。
この男性は映画の上映中もずっと立腹していたのであろう。映画が終わると、待ってましたとばかりに、今度は私について何やら言い出し始めた。嫌な感じがしたので無視を決め込んだが、夫はアジア人に対する差別用語をしっかり耳にし、彼の堪忍袋の緒がブチッとキレた。男の後を追い、もう少しで殴り合いのけんかが始まりそうになってしまった。
夫は武道に長年いそしんでいる。こんな中年男など、一発でおさえこめるだろう。しかし、こんな男に指1本でも触れるのは、私は嫌だ。相手にするほどの価値もない。バカらしいので夫を制止した。
夫が「お前はナチか」と罵倒したら、男はなんと「そうだ!」と叫び返した。その瞬間、私は、「こんなやつ、迫害され理不尽にも命を落としたユダヤ人の100億倍以上も苦しんで死んじゃえばいい!」と思ってしまった。そして次の瞬間、自分がこの男と等しい程の最低な感情を持ってしまったことに、猛烈な自己嫌悪を感じた。
悔しかった。とっても悔しかった。
異国の地でも自分なりに生きようとしている志を侮辱され、私の存在自体を否定された気分だった。そして、この男と同じような感情を持つことによって、自分自身をも醜い人間になってしまったようだった。そんなことは絶対に嫌だ。人間と呼べない男と一緒になんかなりたくない!
それからしばらくの間、年配の白人男性を見かけるだけで身構えてしまった。すれ違う人々の肌の色を意識し、必要以上に心配してしまうようになった。日本に戻れば、すべてが楽になるかとも思った。しかし、人種差別が日常生活にあふれかえる社会は、日本にも存在するのだ。日本で生活をしていた頃、「中国人には貸せない」と正面切ってアパートの賃貸を断られたと嘆く中国人留学生がいた。それは違法じゃないのかと憤慨したものの、結局は一緒に賃貸情報を探す手伝いしかできなかった。
日本人の中にだって同じことをしてる人はいるんだよな。
そのことを思い出した途端、やり場のない悔しさが一気に込み上げてきて、涙が溢れ出た。その時タイミングよく日本の友達から「元気?」と携帯メールが届いたので、素直に「元気じゃない」と返事をし、外国人を見かけたら優しくしてあげてと頼んだ。
「ひとにはやさしく」
子供に教える人間社会の基本ルール。あの白人男性は、こんなことさえ教えてもらえない、不幸な家庭で育ったのだろう。
そもそも、「肌の色が違っても」優しく接しようと思うこと自体おかしいのかもしれない。肌の色も年齢も関係ないはずではないか。
私の人生に関わる人々には優しくしたい。あんな男に私の人生を関わらせるもんか。そんなやつに差別されたぐらいでめげるもんか!
2006年まであと1ヶ月を切った。私のシアトル生活は10年目に突入する。
(2005年12月)
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