澤田洋史さん シアトルで出会った「見たこともないラテ・アート」

澤田洋史さん

さわだ・ひろし/1969年大阪府生まれ。大学卒業後に紀ノ国屋インターナショナル、雪印乳業での勤務を経て2001年秋にシアトル留学。1年後に帰国して Dean & Deluca で店舗立ち上げなどに従事するかたわら、米国で開かれたラテ・アートのコンテスト出場を続け、2008年に世界チャンピオンとなる。2010年、東京・渋谷に「Streamer Coffee Company(ストリーマー・コーヒー・カンパニー)」を開店。「ニコン」のテレビコマーシャルで、SMAP の木村拓哉さんと「共演」するなど多方面で活躍中。
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エスプレッソというキャンバスに描かれた白い木の葉のアート、その絵筆はカップに注いだミルク――。都内のコーヒー店オーナーの澤田洋史さんは、まさにラテの芸術家。ミルクの注ぎ方だけで美しい絵に仕上げる「フリーポア」の競技会で2008年、アジア人初の世界チャンピオンに輝いた。人生の転換点は、シアトルで出会ったコーヒー店とマネジャーだった。

最初に就職した紀ノ国屋ではチーズのバイヤーとして海外との連絡が多く、英語の必要性を感じました。5年間勤務した後、雪印乳業に転職して広報に配属。仕事は充実していましたが社会に出て10年ほどがたち、「このまま勤め続けても、数年後の自分が想像できる。それでいいのか」と悩むようになりました。先の見える自分ではつまらない、何か大きな変化が欲しいと考え抜いて出した答えが、米国留学でした。英語を身につける目的だけでなく、米国へのあこがれもあったのです。

2001年秋にシアトルに留学。行き先を選んでいた当時、イチロー選手のマリナーズ移籍が決まって日本では大ニュースになっていました。テレビ番組でシアトルの街が頻繁に紹介され、パイク・プレース・マーケットの「魚投げパフォーマンス」を見たのを覚えています。治安が良さそう、食べ物が新鮮でおいしそうと好印象を持ちました。マイクロソフトやスターバックスをはじめ、世界有数の企業が集まっている点でも「魅力のある街」と感じました。

2ガロンの牛乳持参で「ラテアート教えてよ」

「渡米前はコーヒーへの関心は特に強くなかった」と言う澤田さん。しかし、たまたま入ったシアトルのコーヒーショップで見たラテアートに、ハートをわしづかみされてしまった。

澤田洋史さん

学校で語学の勉強、帰宅前にスターバックスに寄って「定位置」のテーブルで勉強するのが日課でした。ある雨の日、スタバに行くのが億劫になってダウンタウンにある「Caffe Ladro(カフェ・ラドロ)」に行ったのです。ラテを注文すると、店員さんがミルクを使って絵を描くんですよ。これがラテ・アートとの出会いです。見た目の美しさだけでなく、今まで味わったことがないほどのおいしさでした。すっかり惚れ込み、店の常連になりました。

通えば通うほど、ラテ・アートへの興味は増していきました。日本でよく知られるラテ・アートはイタリアの「バール」と呼ばれるスタイルで、カップに注いだミルクの泡を楊枝などの器具で絵にしていきます。私がシアトルで見た「フリーポア」は、注ぐミルクだけで器具を使わず絵を仕上げる。Tシャツに短パン、タトゥーを入れた「お兄さん」が美しい絵を描くギャップもよかった(笑)。

その店のバリスタやマネジャーとも仲良くなり、次第に「ラテ・アート教えてよ」と頼むようになりました。2ガロンの牛乳を持参してね(笑)。手取り足取りの指導ではありませんから、見よう見まねで習いました。マネジャーのデビッド・ナラザキさんはコーヒー事業に長年携わっている人で、業界関係者の知り合いも多く、私をあちこちの店に連れていっては大勢の人に紹介してくれました。スターバックスの本社に招待され、ハワード・シュルツCEOにも会えたのは素晴らしい思い出です。シアトルには1年ほどの滞在でしたが、デビッドさんは後々私がコーヒーの世界に携わるきっかけを作ってくれた人でした。

デビッドさんとはその後連絡が途絶えていたのですが、最近偶然、お客さんを介して、現在はニューヨークで活躍されていることを知りました。今度ニューヨークに出張したら会いたいですね。

人と同じはイヤ、厳しくても開拓者になりたい

澤田洋史さん

帰国後は、輸入食品販売の Dean & Deluca(ディーンアンドデルーカ)に入社。店舗の立ち上げに加えて、シアトルでの経験を生かしてカフェ部門を担当する。

日本でもラテ・アートの練習は自主的に続けていました。休暇の際にシアトルを訪れて現地のコーヒー文化に改めて触れ、「自分はもっとひとつのことを深く掘り下げたい」と考えるようになり、「コーヒーの仕事」に絞っていこうと決意を固めていきました。そんな折、シアトルで開催されている、業界向けに豆やマシンなどを販売している企業の見本市 『コーヒーフェスト』 を視察する機会がありました。その席でラテ・アートの大会が開催されていたのです。参加人数は20人ほどと少なく、「これ、出たら優勝できるんちゃうか」と思って(笑)、翌年出場してみました。ところが自分の実力が全然出せなかった。普段使っていないエスプレッソ・マシンや豆、多くの観客が見ている中での緊張感。終わって、「あ、これは真剣に練習しなきゃいけないな」と。

2008年の大会では、96人にまで増えた出場者の中で堂々の優勝。アジア人としては初の快挙となった。澤田さんを駆り立てた原動力は何だったのだろうか。

澤田洋史さん

初めてフリーポアのラテ・アートを見たとき、「日本ではやっていないスタイルだな」と思いました。また、ラテ・アートに限らずコーヒーの各種コンテストが世界中で開かれていますが、日本人の優勝者は当時出ていませんでした。自分が誰よりも早く「一番乗り」したい、と強く思ったのです。どうも子どもの頃から人と同じなのがイヤだったようで、遊びやテレビ番組もあえて違ったものを選んでいました。他人のマネではなく、厳しくても自分が開拓者となって新しい道に進みたかったのです。

私にとってフリーポアの魅力は、カップのふちギリギリのこぼれる寸前でアートを完成させるスリル感。そして何よりアートの美しさとおいしさが比例していること。上達するには練習あるのみですね。

現在では独立して、コーヒーの技術指導や事業のコンサルティングを手がけるかたわら、オリジナルのコーヒーショップ「Streamer Coffee Company(ストリーマー・コーヒー・カンパニー)」を東京・大阪に開店、営業しています。コンサルタントとしてはバリスタのテクニックとラテ・アートの指導を手がけ、近年では台湾やシンガポールなど海外でも指導しています。また新規オープン店の監修や販売不振店の相談など、トータルでのレベルアップを図るお手伝いもします。ラテ・アートに挑戦したい人へのアドバイスですか? そうですね、人のマネではなくオリジナリティが必要だと思います。未踏の場所を目指して、他との差別化を心がけることが大事ですね。

将来は日本発のコーヒー・ショップとして海外に進出したいですね。「米国スタイル」を真似て日本に輸入するだけでなく、日本ブランドが米国を席巻したっていい。今はそんな夢を持っています。

澤田さんが選ぶシアトルのコーヒーショップ

澤田さんいわく、「コーヒーはラーメンと一緒」。必ずしも人に勧められたラーメン店の味が、自分に合うとは限らないというわけだ。澤田さん自身が好む味、店の雰囲気という観点から選んでもらった。

  • Caffe Vita キャピトル・ヒル店 (詳細はこちら
  • Espresso Vivace (詳細はこちら
  • Stumptown Coffee (詳細はこちら

掲載:2014年2月 取材・写真・文:船橋ヒトシ

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