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シニア・ケアを専門とする非営利団体ニッケイ・コンサーンズでシニア向けアクティビティを企画運営するニッケイ・ホライズンズのマネジャー、香女里・ブローアさんにお話を伺いました。
渡米

シアトルに来ることになったきっかけを教えてください。

シアトルに叔母が住んでいましたので、日本の高校を卒業した頃から毎年遊びに来ていました。「いつかここに住めたらいいな」とは考えていましたが、真剣に計画していたわけではなく、とりあえず将来のためにと思いながら、日本で高校を卒業してから12年ずっと働いて貯金していました。いろいろな職に就いてみましたが、落ち着いたのがグラフィック・デザインだったのです。仕事を通して技術を学びましたが、色やデザインなどを本格的に勉強したいと思い、シアトルに来ることになりました。残念ながら、私が実際にシアトルに来ることができたのは、そもそもシアトルに来るきっかけとなった叔母が亡くなった後でした。


学校での勉強はいかがでしたか。

最初はシアトルのアート・インスティチュートに入学したのですが、周りの生徒から「シアトル・セントラル・コミュニティ・カレッジのグラフィック・デザイン・プログラムがいいらしく、授業料はアート・インスティチュートより安い」と聞き、2学期目からそちらに入学し直そうと考えました。それにはポートフォリオを提出する必要がありましたので、友人からは「無茶だ」と言われましたが、2学期目にシアトル・セントラル・コミュニティ・カレッジに入学してアートのクラスをいくつか履修し、ポートフォリオを作成しました。そして、無事にグラフィック・デザインのプログラムに合格し、勉強を開始したのが2000年の秋です。在学中は、留学生オフィスでグラフィック・デザインの仕事をもさせていただきました。学期中は週20時間、夏休み中は週40時間で、グラフィック・デザインの仕事がない時は新入生のオリエンテーションも担当しました。


シニア・サービスの道へ

グラフィック・デザインから現在のシニア・サービスはどのようにつながっているのですか。

日本の実家で寝たきりの祖母と同居していたことから日常的に介護をしていましたし、仕事が休みの日には寝たきり老人をお風呂に入れるボランティア・サービスにも参加していました。大阪の堺市はお年寄りが多い地域なのですが、昔ながらの何でも屋みたいな店を経営していたもう1人の祖母のところにいつもたくさんのお年寄りが来ていたので、「将来はシニア向けの福祉の仕事をしたい」とは思ってはいたのです。でもその前に新しい発見があるかもしれないと、好きだったグラフィック・デザインの仕事に就いてみたのです。でも、シアトル・セントラル・コミュニティ・カレッジを卒業し、エバーグリーン・ステート・カレッジの3年生に編入した後、結局シニア・サービスに関する勉強に変更しました。シアトル・セントラル・コミュニティ・カレッジ在学中のプロジェクトでニッケイ・コンサーンズのブローショアを作成したことがきっかけで、既にニッケイ・コンサーンズでボランティアをするようになっていましたし、「やはりシニア・サービスの方面で仕事をしたい」と考えるようになっていたのです。もともとおじいちゃん・おばあちゃんが好きなので、その方が私にあっていたんですね。


その時のボランティアはどういった内容だったのですか。

ニッケイ・コンサーンズには、老人ホームの 『ニッケイ・マナー』、シニア向け教育・アクティビティ・プログラムの 『ニッケイ・ホライズンズ』、アダルト・デイ・ケアの 『心会(こころかい)』、そしてナーシング・ケアの 『シアトル・敬老』 という4つのプログラムがあります。私がボランティアをしていたのはアダルト・デイ・ケアの 『心会』 で、月水金の午前10時から午後2時半に開催されるさまざまなアクティビティに参加するシニアのアシスタントでした。例えば、歩けない人をサポートしたり、お茶を入れたり、ゲームを手伝ったり、遠足にも同行したりしていました。とても楽しかったです。


なぜエバーグリーン・ステート・カレッジを選ばれたのでしょう。

エバーグリーン・ステート・カレッジでは、やりたいことがはっきりしている学生は、自分でカリキュラムを組むことができます。私の場合、編入後1年目はさまざまなクラスを履修し、2年目はソーシャル・サービスの勉強をしました。まず、教授に勉強する内容のプロポーザルを提出しますが、その際に1学期に読む書籍6〜10冊を提案します。了承されれば、そのプロポーザルに沿って自分で勉強しますが、教授との面談も数回あり、毎週4ページ程度のジャーナルを提出し、期末に20ページ程度のペーパーを提出します。課外活動もする場合は、それに加えてフィールド・レポートも必要でした。基本的に読み書きの分量がとても多かったですね。やりたいことがはっきりしていればとても有意義ですし、教授もよくサポートしてくれます。やりたいことがはっきりしていない場合は、大学側が用意しているプログラムを履修することもできます。


就職

卒業後はまずシニア・センターに就職されたそうですが。

卒業半年前に、たまたまあるシニア・センターの求人募集を新聞で見つけて応募し、面接を2度ほど受けて1ヵ月後に就職が決定しました。その時の条件は、大卒であること、ソーシャル・サービスのシニア・ケア関係で2年以上の経験があることだったと思います。主な仕事は、アクティビティのコーディネーター、ボランティアの採用とスケジュール作成、広報活動などでした。グラフィック・デザインのバックグラウンドを生かして、ニュースレターの製作もしていました。


ニッケイ・コンサーンズへの転職は何がきっかけになったのでしょう。

昨年、「ポジションが開いているけれども来ないか」と、電話をいただいたのです。在学中にニッケイ・コンサーンズでボランティアをしていたことや、学校のプロジェクトでブローショアを作ったこと、そして就職してからも仕事上のやり取りをしていたことで、前任者が私を推薦してくれました。ニッケイ・ホライズンズの参加者は日本人と日系人が80%を占めますから、私が日本人であることもメリットだったようです。そして面接に来て、今年1月に決定しました。ここで働いている人に共通していることは、多少なりとも日本文化を知っており、お年寄りが好きであること。なにしろ、ニッケイ・ホライズンズの参加者の平均年齢は75歳で、最高齢は95歳なのです。でも、それほど給料が良いわけではありませんので、お金を儲けようと思って来ている人はいないと思います。世話好きでお話し好きなことも共通しているかもしれません。


現在のお仕事について教えてください。

前述のとおり、ニッケイ・コンサーンズには4つのプログラムがあり、私のいるニッケイ・ホライズンズは教育・アクティビティ・プログラムを担当しています。主な仕事は、さまざまな管理業務から始まり、ツアー、ワークショップ、クラスを交えた1年間の計画の作成、その企画・運営など。たまにイベントもやりますし、もう1人欲しいぐらいの忙しさですが、自分でコーディネートして計画したツアーが成功した時は充実感があります。春から秋にかけては遠足や旅行が多くなりますね。以前にジャングルシティで紹介されていたスカジット・リバー・ランチにも行きましたよ。英子・ヴォイコヴィッチさんにはとてもよくしていただいて、参加したみなさんもとても喜んでくれました。夏にはラコナーにあるキルト・ミュージアムで開催された日本のキルトの展示会に行き、日本から来られたキルト製作者とお会いし、その後に農場に行ってお弁当を食べ、農場ツアーをして、イチゴ摘みをしました。また、月に1度だけですが、レストランに行ってみんなでランチを食べるのも人気があるイベントの1つ。時間があればショッピングをして帰ってきます。ワシントン州東部のワラワラまで熱気球イベントを見に行ったり、アラスカやメキシコへのクルーズに行ったりしました。また、年内には7泊8日でロサンゼルスとサンディエゴにも行きます。そして、来春はワシントンDCとヴァージニア州へと、地元や近郊だけでなく、行動範囲は意外に広いんですよ。帰る時におじいちゃん・おばあちゃんが「すごく良かった」とか、後から電話で「このイベントのこの部分が良かった」とコメントをくれるのが嬉しいです。


これからの抱負を教えてください。

日本で定年退職された方がこちらにお住まいのお子さんのところに長期滞在されている場合がありますが、そういった方にもっとニッケイ・ホライズンズのイベントやワークショップなどに積極的に参加していただければと考えています。どのクラスもほとんど日本語で通じるはずですし、インストラクターが英語しかできなくても参加者の誰かが日本語でサポートしてくれます。また、もっとたくさんの若い人たちにボランティアとしてご協力いただければ嬉しく思います。コンピュータのクラスやアートのクラスでも、いつもいいインストラクターを探しています。それから、エクササイズのクラスももう1つ追加したいですね。また、今特に活発なのがウクレレのクラス。ついにバンドも結成し、CD もリリースしました。今年の秋祭りにも出演したので、既にご存知の方も多いかと思います。このバンドの演奏をもっとたくさんの方々に聞いてもらいたいと考えていますので、ご興味のある方はぜひご連絡ください。


ありがとうございました。


 
1999年12月
渡米

2000年1月
アート・インスティチュート入学

同年4月
シアトル・セントラル・コミュニティ・カレッジ編入

2002年9月
エバーグリーン・ステート・カレッジ編入

2004年3月
サウス・イースト・シアトル・シニア・センター就職

2004年6月
エバーグリーン・ステート・カレッジ卒業

2006年1月
Nikkei Concerns に転職、現在に至る

大人気のウクレレ教室
大人気のウクレレ教室





ニッケイ・コンサーンズ


とてもおだやかな口調のブローアさん。どんな仕事でも楽しいことばかりではありませんが、ブローアさんはシニア・ケアというお仕事は「昔からやりかったことだった」というだけあって、いろいろな工夫をする心を基本として持っておられるのですね。レストランでのランチだけでなく、日帰り旅行や1泊旅行までこなし、そしてもうすぐ7泊8日のツアーにもシニアと出かけるというそのバイタリティに圧倒されました。好きな仕事をして輝いている素敵なブローアさんとのおしゃべりは楽しく、あっというまに3時間が過ぎました。


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