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シアトルから南へ約20マイルのところにあるアーバーンは、人口4万5千人の郊外都市。カスケード山脈から流れ出る水を湛えたグリーン・リバーとホワイト・リバーの本来の合流地点にあり、もともとは Skopamish、Smalhkamish、そしてStkamish というネイティブ・アメリカンの部族が豊かな自然と共に住んでいた地域でしたが、現在は工業と農業の盛んな地域となっています。

最初の白人の探検家や貿易業者がやってきたのは1830年代のこと。その20年後には、キング郡の最初白人入植者の一部が入植を開始しました。1855年には、ピュージェット湾沿岸の全域の土地を対象にした貿易条約が、白人入植者とネイティブ・アメリカンとの間に結ばれましたが、ホワイト・リバーのネイティブ・アメリカンたちは移住にはなかなか同意せず、同年10月には白人の入植者との間に小規模の戦争が発生。しかし、この戦争は2ヵ月後に白人側の勝利で終わりを迎え、その結果、新たな契約が結ばれることになり、キング郡内では唯一のインディアン居住区(Indian reservation)マックルシュート居住区(Muckleshoot reservation)が設立されました。以来、ホワイト・リバーの部族はマックルシュート部族として知られるようになっています。

戦争の終結を機に、白人の入植者が再入植を開始。1886年にはネイティブ・アメリカンとの戦争で戦死した中佐を偲ぶために、"Slaughter"("大虐殺" などといった意味があります)という町名に決定しましたが、新しい入植者の希望などもあり、1893年に "Auburn" と改名。1962年にはグリーン・リバーにハワード・ハンソン・ダムが造られ、農業に大きな被害を与え続けていた洪水をホワイト・リバーのマッド・マウンテン・ダムと共に解決しましたが、第2次世界大戦中には農業を営んでいた日系移民らが強制収容所に収容されるなどで農業が大きな打撃をこうむったのは言うまでもありません。しかし、戦後のアーバーンの成長は目覚しく、企業がオフィスや工場を設置した他、大学などの教育機関も開校し、郊外の住宅地としても発展を続けています。また、1990年代には巨大なショッピング・モールであるスーパーモールが設立され、ショッピングに人気のスポットとなっています。

アーバーンには、入植者が建てた住宅などの歴史的建造物が多く残っており、その代表的なものは1897年にアーロン・ニーリー氏によって建てられ、現在は米国の史跡としても登録されている "The Neely Mansion"(12303 Auburn- Black Diamond Road, Auburn)です。その他の史跡はホワイト・リバー・バレー博物館の公式サイトでご覧ください。同博物館にはワシントン州トーマスに住んでいた日系アメリカ人の住宅も常設展示物として展示されています。


▼ City of Auburn
www.ci.auburn.wa.us

▼ White River Valley Museum
www.wrvmuseum.org


情報提供: History Link


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